あ~こういえば良かった。
と反省や後悔を抱く事がある。
何故その時にその言葉を思いつけなかったか。
何故その時にその発言をする勇気がなかったか。
後悔しても仕方がないし、またそういうキッカケ
があった時にチャンスだと思って、しっかりと
した自分を作って置こうと思っていた。
社会に対して、この考えは大切だとは思ってるんだけど
でもなんか根幹の部分でこの考えは違うんじゃないかと
思った。それはこのコラムを読んで思った。
「沈黙の発見
」
言葉を巧みに操れる人とそうでない人がいる。
言い伏せる人と言い伏せられる人がいる。
僕はどちらかと言うと
言葉を巧みに操れないし、言い伏せられがちだ。
言葉によって悔しい思いや、悲しい思いも沢山
してきたように思う。
そういう考えでいる僕は、言葉を操れる人を
イコール「素敵だ」とか「優れている」と
思っていたんじゃないかと思う。
言葉は解りやすい。
だからこそ、「沈黙」という事について、
無意識のうちに頭から離れてしまって
いたんじゃないかと思った。
糸井さんが
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ぼくの好きな犬や、人や、出来事を、
ぼくがどうして好きなのか、
どんなふうにそれらを尊敬しているのかが、
「沈黙」というところから考えるとよくわかるのだ。
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と書かれているけれど、本当にその通りだと思える。
「好き」という言葉をもらうよりも
「好きなんじゃないか?」と思わせてくれる行動の
方がドキドキするし、うれしいもんなあ。