京都
婚活塾とビジネスアカデミーを主宰
超幸せな家族を拡散している仕事をしています
小林美菜子です
今から、京都に帰ります
サンダーバードからの風景昨日は
石川県七尾市から岐阜県の白川郷まで
母の運転で9:30に出発して14:00には
帰宅しました >>昨日のブログ
父の体力的にそのくらいの移動時間が
限界なんだけど
それにしても、母の体力気力には驚かされる
「最近太ってきた」と、気にするあたり
健康や美容に凄く気を使っているようだ
そんな母は
父が認知症になってから楽になった
という
昔は酷いかんしゃくを起こす父に
憎悪、恨みの感情さえ抱いたという母
私も、父の理不尽な態度に
たまにしか帰らないのに
ぶつかってばかりいた事を思いだします
今は、放っておくと
倒れてしまうかもしれない父を見て
憎悪や恨みの感情は起こらないという母
転ばないかしら
火傷しないかしら
心細くないかしら
当時、父が怒って投げた鍋が
顔に当たって怪我をした事すら、今は
「そんな事もあったなー」
と、笑えるという
父は認知症になって穏やかになった
時折、かんしゃくを起こすが
それも、すぐに忘れる
なんせ、いつもニコニコしている
「おはよう」の挨拶をすると
満面の笑みで答えてくれる
手を繋いで歩くと
とても嬉しそうにする
以前の父は、いつも難しい顔して
すぐに腹を立てて
団欒の時間をだいなしにしていた
今は、かんしゃくを、起こしても
なんか腹が立ったんだな
と、周りが一緒に腹を立てることがない
食べることも大好きで
食事の時間が楽しみらしい
父はずっと
何に腹を立てていたのだろう
否定された時?
怒られた時?
自分の思いが理解してもらえない時?
今はちゃんと、会話が出来ない
ニコニコ私の話を聞くだけだから
「認知症もユーモラスに捉えられればいい」
これは、母の言葉
認知症の人に
説明や説得は通用しない
だからこそ
笑っていればいい
私が「もう帰るね」
というと、涙を流す父
そんな時も私はシリアスにならない
「次に帰ってくるまで生きていてね
まあ、何だかんだと死なんと思うけど!」
と言って大笑いすると、父も大笑いする
父にとって
私はいつまでも18歳の娘である
時代(とき)は、そこで止まっている
私が家を出たあの時から
父の記憶は止まっている
私は当時から
こんなにも愛されていたんだと
胸が痛いくらい感じる
父は認知症になって
自由になった
本当はこんなにも愛しているのに
誰も理解してくれない
父はそんな風に思っていたのかも知れない
今は愛情表現を
我慢したくても我慢出来ない
自由に愛情表現してくれる
美菜子が帰ると寂しい
そう言って涙を滲ます父を見て
あんなに辛かったのに
離婚せずに夫婦でいてくれた母に感謝した
どんな過去があっても
今幸せなら、その過去のおかげ
私はこの両親から生まれたからこそ
こんなに素晴らしい
*最後は自画自賛(笑)
両親からの恩恵を
心から認められたら
人生変わるわよ
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