こんばんは。
2012年も残す所、わずかとなりましたが、今年に入り自分の中で超えることか出来なかった壁を超えた体験がありました。今日はそこんところを綴らせていただきます

今年の秋頃、マインドームセッションモニターをしてみて、わかった事がありました。それは無意識に自分のアイデンティティが本当に子供の意識だったんですね。
小さい頃から、母は私の身のまわりの事を面倒みてくれてて、朝起こす事から、食事、歯磨き、着替え、、、、
まるで母がいなければ生きていけないのでは?くらいに手塩にかけて育ててくれていました。
10代半ばには、そろそろ独り立ちしたい年頃、さすがに朝起こすくらいまでに収まっていましたが、いつまでも子供扱いする母がうっとうしく感じる事が蓄積してました。
気付いた時には、母の顔を見れば、親離れしたい気持ちも相まってか、「もう、子供じゃないんだから!」と大学は新聞奨学生制度を活用していて、経済的にも、精神的にも独立をしてたように思ったんですけど、イライラが止まらず、よく目の前で罵詈雑言を浴びせちゃってましたね

毎日、イライラが止まらなかったから、身の周りとの人間関係を築くのも難しかったし、ドンドン友達は減っていき、何よりも親との関係性を築けない自分、感謝の気持ちを素直に表現できない事が苦しくて仕方なく、そんな怒りの矛先をどこへやったらいいのか、わからずにただ自らに向けるしかなく、「母は悪くない、自分が悪いんだ」とひたすら言い聞かせるしかなかった10代後半がありました。
なぜ、悩みが止まらず、苦しむのか?
わかりあえない事は、こうまで心が痛む事なのか?
心とは何か?
考えれば考えるほど、出口の見えない迷路にはまりこんでいた日々。
そんな私ではだったんですが、ある人・観術と出会い、そしてマインドームコーチを目指すようになり、
資格取得のプロセスであるマインドームセッションを母にした時に、自分の無意識そのものであるアイデンティティに気付くことになりました。
モニターとはいえ、施術者として実の親に向き合う事の意味を考えた時に、
一時的にとはいえ今までの関係性がひっくり返すチャレンジだった事に気付かされました。
この時、今までの甘えた「子供」というアイデンティティではない、自立した関係性を築いていくという新しい関係性が観点の外から入ってくるのを感じました。
知り合いも少なく、日々の交流も薄く、家で孤独に震えて、思う事も素直に言葉化にならなかった母。今までなら全く目にも入らなかった不思議な光景と出会う事にもなりました。
初めて心の中から「気にかけてやらなくてごめんね」と慈しみの気持ちと共にあふれ出る想い。
「私が今ココでつながっていかないと母はドンドン弱っていって死んでしまうかも・・・」
フト心の中で切迫感と共に決断を自然としちゃってました。
今までのような「子供」のイライラする気持ちももちろん湧き上がる事もああります。ですが、それは自分の解析の結果でしかない事に気付かされ、時間が経つほどに自分の中のイライラや怒りが弱くなっていくのを感じました。
まるで、100円玉の表だけのように、表面的な所でイライラして生きていた所に、自分の観点でしかなく、自分が創りだした小説の中で生きていた事に気付かされました。観点の障害によって思い通りに行かないのは全部、相手や環境のせいにしていた生き方は、本当に屈辱だし、四苦八苦そのもの。
でも、同時に人間はスゴイ可能性を持っているものだとつくづく感じます。
「物体の属性が内在していないように、変化の本質は外部とどんな相互作用をするかによって決定される」
(Noh jesu メルマガより 2012年12月26日付)
なので、どんな存在もつながりようによっては、いかようにも変化する無限の可能性を秘めています。
2012年もあとわずか。
一日一日を大事に過ごしていきたいと思う今日この頃です

