あの日の声を探して The search
Story :1999年、チェチェンに暮らす9歳のハジは、両親を銃殺されたショックで声を失ってしまう。姉も殺されたと思い、まだ赤ん坊の弟を見知らぬ人の家の前に捨て、一人放浪するハジ。彼のような子供さえも、ロシア軍は容赦なく攻撃していた。ロシア軍から逃げ、街へたどり着いたハジは、フランスから調査に来たEU職員のキャロルに拾われる。自分の手では何も世界を変えられないと知ったキャロルは、せめて目の前の小さな命を守りたいと願い始める。
ハジがどうしても伝えたかったこととは? 生き別れた姉弟と再び会うことができるのか──?
日本語の題名は想像力を制限をかける。この映画は、 原題の方がしっくりくる。
声を一時的に失ってしまったハジが声を取り戻るまでの物語が中心にあるわけだけれど、その周りに生きている人たち一人一人が
戦争で失ったものや、戦争の渦中で、生きていくために 何かを探し求めながら、必死に生きようとしている姿の方に
むしろ衝撃を受けたし感動もした。 生きていくんだ、という気力とさがし求める気持ちが時にどちらが目的というわけでもなく交差したり同時に行われたり、探し出せたから生きられたり、生きていることで探していたものが何となく腑に落ちたり、理解したり、と時間軸も違う二つの物語が、織り重なるように描かれている。人生はなにかこう、追い求めても得られないものもあるし、偶然に得られるものがあって、決して公平でもないわけで、ひどく意地悪い構造になっているものだと思わせた。でも人間ってそれで徹底的に悲観的に投げやりにはやっぱりなれないわけで、すこしの楽しみ、あたたかさを感じることの幸せを求める。向き合うことをやめない。けれどそれは誰かにやっぱり支えてもらわなけれ ばできないこと。だから支えられたら誰かを支えることをすればいい。
宝石を盗まれたおばちゃんのハジをしかる場面も好きだし、無視できないシーンだ。
私は、ロシア側の若い戦士たちのこともしっかり描いて、彼らも生きる側として、 普通の人生があったことをいわば公平に描いているところに救われたし、この映画の素晴らしいところだと思った。
誰が見ても、その人の人生を重ねあわせて感銘を受けるだろう一作だと思う。
Story :1999年、チェチェンに暮らす9歳のハジは、両親を銃殺されたショックで声を失ってしまう。姉も殺されたと思い、まだ赤ん坊の弟を見知らぬ人の家の前に捨て、一人放浪するハジ。彼のような子供さえも、ロシア軍は容赦なく攻撃していた。ロシア軍から逃げ、街へたどり着いたハジは、フランスから調査に来たEU職員のキャロルに拾われる。自分の手では何も世界を変えられないと知ったキャロルは、せめて目の前の小さな命を守りたいと願い始める。
ハジがどうしても伝えたかったこととは? 生き別れた姉弟と再び会うことができるのか──?
日本語の題名は想像力を制限をかける。この映画は、 原題の方がしっくりくる。
声を一時的に失ってしまったハジが声を取り戻るまでの物語が中心にあるわけだけれど、その周りに生きている人たち一人一人が
戦争で失ったものや、戦争の渦中で、生きていくために 何かを探し求めながら、必死に生きようとしている姿の方に
むしろ衝撃を受けたし感動もした。 生きていくんだ、という気力とさがし求める気持ちが時にどちらが目的というわけでもなく交差したり同時に行われたり、探し出せたから生きられたり、生きていることで探していたものが何となく腑に落ちたり、理解したり、と時間軸も違う二つの物語が、織り重なるように描かれている。人生はなにかこう、追い求めても得られないものもあるし、偶然に得られるものがあって、決して公平でもないわけで、ひどく意地悪い構造になっているものだと思わせた。でも人間ってそれで徹底的に悲観的に投げやりにはやっぱりなれないわけで、すこしの楽しみ、あたたかさを感じることの幸せを求める。向き合うことをやめない。けれどそれは誰かにやっぱり支えてもらわなけれ ばできないこと。だから支えられたら誰かを支えることをすればいい。
宝石を盗まれたおばちゃんのハジをしかる場面も好きだし、無視できないシーンだ。
私は、ロシア側の若い戦士たちのこともしっかり描いて、彼らも生きる側として、 普通の人生があったことをいわば公平に描いているところに救われたし、この映画の素晴らしいところだと思った。
誰が見ても、その人の人生を重ねあわせて感銘を受けるだろう一作だと思う。