何かとの接触の回復を体験するものとしての性は、人生において大きい意味をもっている。このことを忘れてしまうと、性がむしろ「切り離される」ことの体験になる。 哲学者の市川浩さんが日本語の「み」という言葉を解明され、「みにしみる」とか「みまかる」とか「みうち」とか「みいり」とか、あげてゆくと切りがないが、それは、人間の体だけではなく心もたましいも意味し、社会的なつながりなどにまで及び、人間存在の全体性に関連していることを明らかにされている(市川浩『〈身〉の構造』青土社)。 このように「み」を考えて、日本語で「おんみ」という表現を二人称に使うことから、性というのは「おんみ」を愛することだと考えてみてはどうだろう。 そうすると、狭い意味での性行為に限定されず、性が広がりと深さをもつ
以上
河合隼雄著より
肌の触れ合いが全くない場合、このような生き方もまたひとつかな
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河合隼雄著より
肌の触れ合いが全くない場合、このような生き方もまたひとつかな