あれ?・・・と思われた方、多いですよね(笑)

 

そうです。

古文書検定の試験問題が到着した1月13日を最後に、

第17回の1級試験の分析を中断していました。

で、

今日は何を思ってかその続きを書きたいと思います。

 

え?

合格発表も済んでほとぼりも冷めたのに今さら何を・・・と、おっしゃりたい貴方。

 

はいはい、ご不満は良く分かります。

では、

このブログの最後に私がどうしても続きを書きたくなった理由を申し上げますから、

その謎が解けるまで我慢してお付き合いくださいね。

 

それでは、

前回は5⃣まで分析終了していますから今日はその続き、6⃣の古墳問題ですね。

 

まず、これは皆さんビックリしたでしょうね。

えっ?古墳?・・・・・・

奈良まほろばソムリエ検定ならば、

古墳や遺跡がバリバリに登場するのでそれが当たり前、OKの世界ですが、

京都検定ではまとめて出題されるのは珍しいですよね。

 

発表された全国の平均点をみると、6⃣は10点中4.8点でした。

つまり半分も取れなかったみたいです。

 

そりゃそうですよ。

テキストをごらんなさい。

古墳時代なんてほんの少しサラサラ~と流して終わりですよ。

 

ですから皆様も、

古墳や遺跡は的が絞りにくくて面倒、しかも覚えにくいから、

もし古墳問題が出題されたらそこは失点覚悟で、

はいはい、気を取り直して次の問題・・・。

今まではそんな感じじゃなかったですか?

 

ですからこれが今回、正々堂々と出題されたということは、

来年以降も

ある程度は古墳問題がまとめて出題されるかもしれないという覚悟が必要になります。

これは少し厄介なことになりましたね。

これからは出ると予想される以上、

放置はできませんから対策はしっかりしないといけません。

ですが、

対象となる古墳や遺跡は京都市外に分散していますから取り組みにくいです。

どう考えても難しいテーマですね。

 

・・・あれ?

気が付いたらもうこんなにダラダラと書き綴ってしまいました(汗)

 

朝4時半起きの私はそろそろお休みタイム。

 

続きはまた明日書きます・・・と、

突然書き始めておいて書き始めた理由も言わないのはいくら何でも失礼ですので、

続きを書き始めた理由だけ書かせてくださいね。

 

実は、

昨日から第18回に向けて本格的に勉強を始めたんです。

と言っても、

第1回の過去問題集を読み始めただけなのですが、

恐ろしいことに3級も2級ももうかなりのことを忘れているんです(-_-;)

 

試験後の1か月間は

京都検定をネタにしてブログを書いたりしていたのでまだ辛うじて大丈夫だったのですが、

古文書検定に真剣に取り掛かり、

京都検定から完全に離れた瞬間からたったの3週間で、

相当の記憶を亡失してしまったことを自覚したのです。

 

皆様には年末に向けて始動した方が良いですよ・・・とあれほど注意喚起しておきながら、

自分はなかなか始動しなかった天罰ですね。

 

今日、第1回の過去問題集の解説をほぼ読み終えたものの、

あまりにもポンコツな自分の脳みそに愕然としています。

 

以前も一度京都検定から離れたことがあるのですが、

あの時はほぼ全ての知識を失ってしまいました。

私がその状態でたった1か月の猛烈な勉強で何とか準1級を取れた時のことは、

一昨年のブログをご覧いただければお分かりいただけますが、

本当に苦しくて物凄く大変でした。

 

2度とあんな苦しみは味わいたくありません・・・。

ということで、

猛省した私は次の試験に向けてキチンと始動し、

モチベーションを維持するためにブログを書き始めた・・・という訳でした(笑)

 

明日からまたちゃんと書きますね。

では、おやすみなさい。

 

解答を書いて今日ポストに投函して来ました。

 

2月15日必着ということですから、

まだ時間的には余裕があるのですが、

無い知恵を絞りまくってもこれ以上は全く期待できない状態になりましたので、

解読不足で意味不明な部分があることも承知で提出しました。

 

古文書検定は4問の文章解読で20か所が採点か所となります、

つまり、1問で5か所が採点対象。

 

今回の設問ではほぼ2問が完全に読み取れました。

ですからここで10点はいただけるかなと。

 

その他の2問はほとんどが怪しいです。

無理やりこじつけた解答となりましたので、

もしかして0点かもしれません。

 

これ以上どれだけ頑張っても分からないので無理です。

どんなに頑張っても読めないということは完全に実力不足ということですね。

 

古文書検定3級は10点あれば合格できるはずなので、

最悪不合格は免れると思います。

ですが、

あとは正解を頂き、しっかり反省させていただきます。

そして次の準2級に挑戦ということになりますね。

 

さて、

これから私はどうしましょうか。

コロナの影響で今年もほとんどの検定が開催中止でしょうね。

 

そんな中で、

確実に開催されるであろう京都検定と古文書検定の2足の草鞋が私のポジションでしょう。

 

他の検定も最上級を極めていないものが沢山あるので心残りで仕方ないのですが、

開催されないものを追いかけても仕方ありませんからね。

 

今年は古文書検定準2級と、

京都検定1級の3回目の合格を目指して頑張ります。

ようやく我が家にも結果が届きました。

おかげ様で合格は合格なのですが・・・。

 

先日自己採点で130点と申し上げましたが、ふたを開けてみたら128点でした。

あれ?どうして・・・。

 

ということで自分の自己採点と照合しましたが、

7⃣(1)百足屋(5)伊丹十三

ここの部分点が貰えなかったようです。

 

自分はこの二問は正確に思い出せず、

7⃣(1)百足(5)伊丹重三

と書いてしまいました。

 

今まで何回も1級を受検した経験で、

筆記式の1級ではかなり採点が緩いことを知っています。

 

漢字の誤りや少々の誤記ならば部分点の1点を頂けるものと思っていました。

ところがこの2問は部分点が戴けませんでした。

経験上今回の採点はちょっと納得できません・・・・けど、

まぁ残念ですが仕方ありませんね。

 

その代わり、

「フランソア喫茶店」と書いた3⃣ (22)の方は2点を戴きました(笑)

ホントは「フランソア喫茶室」が正解なんですけどね。

 

まぁそんな1点のやり取りは細かいことだよと皆様お思いでしょうが、

今回みたいに問題に恵まれて若干の余裕があったから良いモノの、

前回合格したときなどは122点。

あの時も誤記や表現不足、

正解例以外にもうひとつ正解があるはずだからとか・・・自分の中で七転八倒。

自己採点では119~122点でしたから合格発表までドキドキハラハラでした。

 

このように、

難関試験の1級に合格するには必ずギリギリのやり取りになるので、

1点、2点は本当に重たいモノなのです。

 

ですから今回、

百足と伊丹重三で1点も戴けずギリギリで不合格となっていたら、

きっと不満が爆発していましたね(笑)

 

まぁ今回はそんなことにならずにやれやれでしたが、

ギリギリで合格を逃された方には私の言葉の重みがお分かりになるかと思います。

 

合格に充分な点数を取れるなんて夢のまた夢です。

次回も必ずやギリギリのやり取りになるはずです。

それを覚悟して、いざ出陣ですね。

 

油断しているとあっという間に取り残されてしまいますから、

今から始動しなければいけません。

 

常在戦場です。

悔いのないよう今年も一緒に頑張りましょう。

今日は京都検定の合格発表。

先ほどHPで確認しましたが、おかげさまで合格しました。

やれやれです。

これで私もようやく京都検定マイスターの仲間入りが出来ました。

 

予想通り、今年は合格者が多かったですね。

1級合格者が68人ですか・・・。昨年のほぼ倍の数ですね。

そして準1級合格者も106人。

 

1年前の第16回の試験結果を振り返ってみると、

受験者が975人。

1級合格者は30人で、合格率3.1%でした。

準1級合格者も94人で、9.6%

両方合計で12.7%の合格率と、とてもバランスの良い合格率でした。

 

今年は784人が受験して1級は8.7%、準1級は13.5%。

昨年よりかなり高い合格率になりましたね。

 

コロナ騒動に振り回されたとんでもない一年でしたが、

受験された方々や、

開催決定にこぎつけてくれた商工会議所さん。

双方とも満足できる結果になったのではないでしょうか。

実施した甲斐がありましたよね。

とても良かったと思います。

 

では、

今年の年末は果たしてどうなるんでしょう。

第18回は開催できるのか、それとも・・・。

何とも見通しの立たない一年になりそうですが、

私たちにいま出来ることは、

今年も開催されることを信じてコツコツと地道に頑張ることだけです。

 

次の試験も合格を目指して一緒に頑張りましょう。

あらためまして、

今年もよろしくお願いいたします。

皆様はもうお済みですか?確定申告。

 

昨年作ったマイナンバーカードで初めてe-taxを利用して申告をしてみました。

そうです。私は還付請求だけなので、もうこの時期に申告可能です。

 

アマゾンで購入したカードリーダーが今日到着したので、

ドライバをインストール。

 

ここまでは良かったのですが、この後が大変でした。

マイナポータルへの登録と、

国税庁の申告が出来るようになるまでが分かりにくくて結構大変でした(汗)

 

カードリーダーが届いたという理由だけで興味本位でやり始めたものの、

途中でやめるわけにもいかなくなって意地になって無理やり進めたところ、

何とか強行突破で障壁を突き崩して申告可能状態に。

 

面白かったのはここからです。

申告書の記入は本当にスイスイでした。

何の苦もなく、迷いも一切なく、最後までスイスイ・・・と。

まるで仙人が雲の上を滑っていくような感覚でした。

 

最初の苦労が何のその。あっという間に終了、一件落着。

 

久しぶりにとても楽しい時間を満喫しました。

 

あとは、28日に発送される京都検定の結果を待つだけですね。

 

・・・あそうそう、古文書検定の最終校正がまだでした(笑)

↑今日の表題は京都検定の公式HPからそのままコピペしました(笑)

 

待ち遠しかった結果発表ですが、いよいよ一週間後になりましたね。

ホント、ドキドキですね。

 

ところで、ここであらためて皆様に冷静にお伺いいたします。

 

試験からもう一か月以上経ちましたが、

今年の試験に向けて既に始動されていますか?

 

こう問いかけた私自身は現在古文書検定の受検中なので全くダメで、

こんなことを言えた義理ではないのですが、

皆様にお伝えできることといえば、

この時期からテキストや過去問の反復練習に入らないと正直ヤバいですよ・・・と。

 

京都検定はもう17回も実施されたんですから復習にも膨大な時間が掛かります。

1級から3級までの過去問を追いかけるだけでもかなり大変です。

 

テキストだって何回も読み直さないととても頭には入りません。

 

しかも、

過去問もテキストも一回見ただけでは簡単には覚えられませんから、

今の時期から繰り返し何度も復習して完璧にしなくてはダメです。

 

・・・ということで、今すぐに始動されることをお勧めいたします。

 

テキストの読み下しと過去問の反復を油断なく続けながら、

タイムリーな話題をゲットすることを心掛けてこの一年をお過ごしくださいね。

今週自宅に届いた古文書検定3級。

一か月の間に解読してポストに返却するというルールです。

 

初めての検定はドキドキしますね。

 

日本仏教検定が同じ仕組みでしたが、

自宅で受検できるのはこのご時世、とても良いですね。

 

ゆっくりじっくり・・・と言いたいですが、悪戦苦闘しています(汗)

 

4問出題されていて、

何とか3問はそこそこ読めたものの、1問がほとんど読めません。

 

上位8割が合格ラインということなので、

恐らく今の時点でも既に合格は大丈夫だとは思うのですが、

1問がほとんど読めていないのはとても気持ち悪いです。

今後のこともありますので油断せず何としても解読したいと思います。

 

古文書読解は苦しみの中に感動があるのが嬉しいですね。

突然の閃きで鍵を渡されて門が開きます。

スルスル・・・と。

 

ですが、

すぐに手詰まりしてまた前に進めないという展開がとても面白いです。

 

前頭葉やお酒の飲み過ぎで衰えた海馬を刺激し続け、

覚醒させるには古文書の読解は最適の作業かもしれません。

 

平日も休日も、

通勤の運転中も食事中もトイレもお風呂も・・・

そして睡眠中も古文書検定で頭がフル回転しています。

 

苦しいですけど、

面白くて面白くてたまりません。

 

ここをご覧の皆様にも是非とも同じ感動を味わっていただきたいので、

半年後の試験には是非とも参加してほしいと、

心底誘い(いざない)たいくらいです(笑)

今日は5⃣の残り3問をみていきます。

 

(48)

天神川は北区鷹峯に源を発し、北野天満宮の西を流れているが、

この付近から上流を(    )川とよび、下流を天神川とよぶことが一般的である。

その名称は平安時代の図書寮の別所(    )院に由来している。

 

   答 紙屋

 

この「紙屋川」の呼称は一般的に広く知られていると思います。

特に御土居が現存する場所として知られ、

またこの周辺は紅葉がとても綺麗で、

御土居から眺める北野天満宮のお姿もとても立派で絵になります。

 

この設問はとても丁寧で、さらにもうひとつの大ヒントが「紙屋院」ですね。

紙屋院はテキストにも出て来ます。

紙屋院は紙戸が50戸、 延喜式では毎年2万枚の紙の納入を義務付けられていると。

ですからこの問題もサービス問題でしたね。

 

(49)

向日市と長岡市の境を流れる小畑川は暴れ川で、

何度も洪水により橋が流されたため通行料をとったという(   )橋がある。

 

   答 一文

 

これも昔からテキストには、しっかりはっきりくっきりと書いてありますよね。

1級受検者で知らない人はいないはずの大サービス問題・・・です。

公開テーマにサービス問題が連続出題されるのはありがたいことです。

貧乏人からは銭を取らず、見て見ぬふりをして通してくれた

「知らぬ顔の半兵衛」の語源となったともいわれています。(諸説あります)

 

(50)

( 41 )川にかかる(    )橋は久御山町と八幡市を結んでいる人道橋で、

通称「流れ橋」として知られている。

 

   答 上津屋

 

上津屋橋もあまりにも有名です。

しかも、これは二重のサービス問題となっていまして、

(41)が答えられなかった人、また勘違いして誤記していた人も、

ここで(41)「木津川」が再確認できるようになっていましたね。

 

ということで、

今年のテーマ問題は(43)北白川天神宮以外はとても心優しい構成となっていました。

 

実は私はテーマ問題を大の苦手としていまして、毎年大苦戦する場面です。

今回は何とか3~4失点でここを切り抜けられてやれやれでした。

 

今回のテーマ問題では、

 

行基が架橋したといわれる泉橋寺(橋寺) 巨大な地蔵菩薩

石清水八幡宮の安居橋 放生川(大谷川)太鼓橋 胡蝶の舞 石清水祭

王子橋    北垣国道が京都~宮津間の車道開削工事で架橋 設計は田辺朔郎

貴船神社の梶取橋 梶取大神 玉依姫命の黄船を巧みに操舵し貴船川を遡る

清滝川    指月橋 → 西明寺 高雄橋 → 神護寺
琵琶湖疏水   本圀寺に渡る・正嫡橋 毘沙門堂参道・安朱橋
由良川橋梁    宮津市  551m 大正時代の赤褐色の橋とブルーの世界 インスタ映え

澱川橋梁    近鉄京都線 単純トラス橋として最長

リニューアルされた天ケ瀬ダム吊橋 令和2年完成

西高瀬川    渡月橋上流から千本三条 河村与三右衛門が開削 丹波の材木を運搬


この辺りを狙っていましたが、見事空振り。

やっぱり私はテーマ問題は苦手です(笑)

 

 

・・・と、ここで皆様にお断りです。

 

本日、古文書検定の問題が自宅に届きました。

解答は2月15日必着です。

自宅で問題をコツコツと解いて期限までに郵送するのですが、

とてもじゃないですが簡単には解読できません・・・できる訳がありません(笑)

辞書となる「五體字類」は持っているモノの、

その引き方や調べ方すら分かりません。

 

今日からは悪戦苦闘の日々が続きます。

しばらく古文書検定に没頭したいと思いますので、

予めお知らせしたように、

今日からしばらくブログの更新を休止させていただきますね。

 

せっかくの古文書検定ですから、

中途半端なことをして悔いが残らないよう、真剣に取り組みます。

この一か月を思う存分楽しませていただきたいと思います。

 

ご了承くださいネ。

 

時々息抜きに戻って参りますので、その時はまたお付き合いください。

一月中旬に届くはずの古文書検定、

そろそろ届くはず・・・と思いきや今日は空振りでした。

問題の到着が待ち遠しいのと不安が相変わらず交錯しています。

 

もし届いたら提出期限の2月15日までどうなってしまうのだろう。

どんな生活になるんだろう・・・全く予想できません。

ただ、

難問を前にして呆然自失とする自分の姿は目に見えるようですけどね(笑)

 

さて、昨日に引き続き5⃣の残り5問をみていきましょう。

 

(46)

一条戻橋の名は、浄蔵貴所が父である(    )の葬列にここで出くわし、

棺にすがって泣き崩れると父が一時蘇ったことに由来するという。

 

   答 三善清行

 

文章博士の三善清行は、醍醐天皇に意見封事十二箇条を上奏した人です。

また菅原道真に引退勧告したともいわれる人ですね。

三善清行と浄蔵貴所が親子であること、

またこのエピソードも京都検定受験者の間では超有名なので、

これもやっぱり単なるサービス問題ですか・・・。

紛れがあるとすれば名前の漢字表記のうろ覚えですね。

 

(47)

堀川の中立売通に架かる(    )橋は明治6年(1873)竣工の全国でも珍しい

石造真円アーチ橋で、土木学会より「選奨土木遺産」に認定されている。

 

   答 堀川第一橋

 

私はこの問題を取りこぼしてしまいました(泣)

トラトラトラには「堀川公儀橋・・・堀川第一橋・中立売橋 堀川第二橋・下立売橋」と

ちゃんと書いてあったのですが、

うろ覚えでどうしても思い出せず「公儀第一橋」と書いてしまいました。

1点の部分点がいただけるのか、それとも・・・ダメでしょうね(笑)

もったいないことをしました。

こういうのはいつまでも悔いが残りますね。

 

ところで、選奨土木遺産とは何なのか?これは初めて聞きますよね。

調べてみると・・・

 

阪急大宮駅と大宮・西院間の地下線路

琵琶湖疏水の発電施設群
梅小路機関車庫

東山トンネル

新逢坂山トンネル
亀岡市・王子橋
七条大橋

福知山市・両橋
三栖閘門

宇治発電所
堀川第一橋

南山城村・大河原発電所と大河原取水堰
由良川橋りょう

大阪京都間鉄道煉瓦拱渠群
賀茂川・鴨川河川構造物群
嵯峨野観光鉄道の構造物群
戦前竣工の京都市児童公園群
琵琶湖疏水鴨川運河施設群
上津屋橋

 

選奨土木遺産、これ・・・またいずれ1級で絶対に出して来ますよね?

こんなに出しやすいネタはそう簡単にありませんからネ。

 

既知の場所も多いですが知らないところもチラホラと。

今年の試験までにしっかり覚えなきゃダメですね・・・。

 

ドッと疲れたので今日はこれまで(笑)

さて、いよいよ今日から公開テーマ5⃣の「河川と橋梁」に入ろうと思います。

 

ですが、ちょっと書きづらいですね。

問題文は1000文字以上・・・(汗)

そのまま転記したらそれだけで書くのが嫌になってしまうので、

何とかうまく要約して受検されていない方にもわかるように書いてみます。

また、

全体の問題文はこちらを参考にしてくださいね。ついでに過去問も検索できますよ。

 

(41)

鴨川と合流した桂川は下流の三川合流点で宇治川と(   )川が合流し、淀川になる。

 

   答 木津川

 

この問題は簡単なのか意表を突かれたのか・・・。

この合流ポイントには「さくらであい館」があり、背割堤がありますからね。

今回のテーマではこの地域はしっかりマークしていたものの、

こういう出題のされ方をするとは思いもよりませんでした。

私的な見解は、簡単すぎて意表を突かれ、

本当にこれで正解だろうかと疑心暗鬼になり何度も見直ししてしまった・・・です(笑)

 

(42)

白川は祇園あたりではお茶屋の間を流れ、

6月に祇園放生会が行われる(   )橋付近は観光地として著名である。

 

   答 巽橋

 

白川に架かる木製高欄ですが、

2019年には巽橋、そして2020年には新橋が架け替えられました。

したがって今回のテーマ問題でもマークしていましたので、

出題されたのは良かったのですが、

架け替えして新調されたことには全く触れられていなかったのが残念です。

 

(43)

白川上流では良質な花崗岩「白川石」が切り出される。

(   )の参道にかかる萬世橋は明治27年の架橋で

その加工技術の粋をみることが出来る石橋である。

 

   答 北白川天神宮

 

萬世橋なんて全くマークしていませんでした。

さらに白川沿いでも中流より上には行ったことがありませんので、

さっぱり見当もつかずで完全に撃沈でした。

ですが恐ろしいことに、

試験後に京都駅前で行われたたった15分間の検討会で

我が「京都検定中毒者の会」ではおふたりの方がいとも簡単に説明してくれました(驚)

うちのメンバー、本当に凄いわぁ~!恐れ入谷の鬼子母神です。

それはそうと、

私的には北白川天神宮を出すなら西行の

「風あらみ 梢の花乃 なかれ来て 庭に波立つ 白川の里」を出してほしかった(笑)

 

(44)

高瀬川は、江戸初期に角倉了以とその子(   )によって開削された運河である。

 

   答 素庵

 

(41)に引き続き、こういう問題が続くと安心するというよりも逆に不安になりますよね。

まぁこれは正解ははっきりしていますから良いのですが、

あまりにも簡単な問題はかえって不安を招くということを出題者の方も狙っているのか、

それとも単なるサービス問題なのか・・・。

何れにしても1級に相応しい問題とはいえませんね。

 

(45)

嵐山の渡月橋は、求聞持法を修めて法輪寺に虚空蔵菩薩を安置したとされる(   )が

承和年間に橋を架けたのが最初といわれている。

 

   答 道昌

 

渡月橋は元は道昌が架橋した法輪寺橋で、

鎌倉時代に亀山上皇の「くまなき月の渡るに似る」と詠われて命名されたといわれます。

道昌は秦氏の出身で、

弘法大師に学び法輪寺や広隆寺の再興に力を尽くした人ですね。

もしかしてこの方、今回が初登場ですかね?あまり記憶がなくて・・・。

また何年か後に、次は広隆寺で出題されますよ(笑)

 

と、ここで私が気になったのは些細なことですが、問題文に少し違和感がありまして・・・。

承和年間に架けられた「法輪寺橋」・・・とはっきりいいたいのです。

 

(45)

嵐山の渡月橋は、求聞持法を修めて法輪寺に虚空蔵菩薩を安置したとされる(   )が

承和年間に架けた法輪寺橋が最初といわれている。

 

渡月橋になったのはかなり後年ですから、曖昧な表記は受検者を悩ませます。

このようにはっきり表記した方が紛れがなくて宜しいかと思います。