可愛い妹は、ちいさな嘘つき。
そんな妹をだます私は、おおきな嘘つき。





初めて下ろしたハイヒールが、足に合わなかったみたい。
じんわり熱を持つつま先とかかとを気にしながら、玄関の鍵を

開けると、ドアの開閉の音を聞きつけたママがリビングから

顔を出してきた。
「歌穂ちゃん?帰ったの?」
「うん、ただいまー」
「遅かったわね。こんな時間になるなら、ママ、駅まで

お迎えに行ったのに」
「大丈夫だよ、はい、お土産」
「あら」
私は今日デートした男の子(何だっけ、名前)から買って貰った、
ジャンポールエヴァンのマカロンをママに渡す。
案の定、少し怒ったように眉を寄せてたママの顔がぱぁっと

明るくなった。
ぱたぱたとスリッパ鳴らしてバスルームへ。
「パパ、歌穂ちゃんがマカロン買ってきてくれたわよ。
 御風呂上がったら食べます?」
ママは子供のようにはしゃいでバスルームに向かって叫んだ。
お風呂から、歌穂おかえりぃ~と、パパの間延びした声。
私も、ただいまぁ、と聞こえるように答えて、冷蔵庫のドアを開ける。
お目当てのミネラルウォーターを取り出して、自分の部屋に

引っ込めば、
「…つっかれたー」
胸に痞えていた、言葉が自然と出てくる。
行儀悪くレッセパッセのツインニットを脱ぎ捨てて、
レストローズの花柄スカートも脱ぎ捨てて、
ぐいぐいとストッキングも脱ぎ捨てる。
ベットの上に放り投げておいた、パイル地のルームウェアに

着替えてベットに飛び込むと、床に置いたままだったバックの中で

携帯の震える音がした。
手を伸ばしても届かなかったので、足の指でくいくいと引っ張る。
うまいこと引き寄せることに成功。
バックの中から携帯を引っ張り出すと、メール着信表示。
メールを確認してみれば、案の定、今日、デートした子からだった。


『title:楽しかった!!
 もう家に着いたかな??今日はありがと。
 歌穂ちゃんと遊べてマジ楽しかった。
 つーか、歌穂ちゃん超可愛いから、連れて歩いてると
 みんな振り返ってたの、気付いたww?
 すっげー気分良かった!
 映画も面白かったし、メシも旨かったし、
 歌穂ちゃんは最高に可愛かったし!
 来週の水曜日、俺また休みなんだけど、歌穂ちゃんどう?』



どう?って言われても。


「私、あんたの名前すら覚えてませんけど」


くすくすと笑うしかなく、私は携帯を操作して、指定着信拒否の

設定をする。
これで、真帆ちゃんに周りの害虫駆除、終了。
自分の責任を無事に果たせたことに満足。
操作を終えた携帯の待受画面には、先週飲んだ後に一緒撮った

真帆ちゃんとの2ショット。
私がさっきの男の子とだいぶ仲良くなったあとに撮ったせいか、

心なしか真帆ちゃんの表情は硬い。
けど。
そんな表情すら、
「真帆ちゃん可愛いなぁ」
私は心がとろけてしまうのを感じた。
自分でも分かってる。
血を分けた実の双子の妹に、こんな感情、度が過ぎてる。


双子として生まれたわりに、似ていなかった私と真帆ちゃん。
周りの人間は諸手をあげて、可愛い可愛いって、

私を褒めてくれた。
けど。
それは、実は、とんでもない間違いだと思う。
確かに真帆ちゃんは私のように、分かりやすく『可愛い』

タイプではないけれど、

眼鏡に隠れてる潤んだ大きな瞳とか、

綺麗に生えそろった下まつげとか、
赤ちゃんみたいに真っ白でぷるぷるの肌なんかは、

もう、絶賛に値する。
そんな可愛い真帆ちゃんなのに、惜しいかな(まぁ、私的には

むしろ美味しいかな)、自分の価値に気付いていない。
分かりやすく可愛い私と、自分を比べて卑下している。
そしてそれは周りの人間も。
双子として生を受けた以上、いい大人になるまで私たちは常に

一緒だったから。
誰だって、初対面の興味は分かりやすく派手なほう、つまり、

私に来てしまう。
つまり、私が真帆ちゃんのそばにいる限り、人はみんな私に興味を

持つ。
真帆ちゃんには、必要以上に近づかない。
私が、真帆ちゃんとその他の人の間に入れば、必然的にいつまで

たっても真帆ちゃんの隣はずっと私のもの、ってこと。


お友達や職場の人に関しては、それなりに寛容に接してきた。
だってあくまでも、『お友達』『会社の人』だからね。
それ以上になれるわけないから。
私が怖かったのは、真帆ちゃんの『彼氏』だ。
『彼氏』は、唯一、私の存在を脅かすものだから。
真帆ちゃんに初めての彼氏が出来た高2の夏。
だいぶベタ惚れだったその彼が、真帆ちゃんに手を出す前に、

私を抱かせた。
その彼は、そのひと夏、私を抱いて、結局秋の初めに真帆ちゃんと

別れ、私には捨てられた。
理由もつけず別れを切り出したその男を、

真帆ちゃんは責めなかった。
理由も問いただせなかった。
ただ、その晩、ぽそりと私に、
『彼、きっと歌穂ちゃんのこと好きになったんだと思うんだよね』
と、泣き笑いで、それだけ言った。
私は、心から、そんなことないよ、と言った。
やりたかっただけだよ、彼は、と心の中で付け加えて。


それ以降、真帆ちゃんに彼氏が出来るたび、好きな人が

出来るたび、私は彼の気を自分に向かせるように努力した。
時にさりげなく、時に露骨に。
社会人になって真帆ちゃんが家を出たときはあせったけど、

それも杞憂に終わった。
不思議なことに、真帆ちゃんは、自分が『この人いいな』と、

思っている男を、私に会わせるようになったのだ。
今日、デートしてきた男で、確か、5人目。
私はこのルックスのおかげで培われたテクニックを駆使して、

男の気を引いて、思わせぶりなこといって、媚売って、

なびかせて、振り回して、切った。

そのことに、何の罪悪感も生まれなかった。


だってこれはテストみたいなものだから。
この程度の甘い私の罠に落ちるようなヤツに、

真帆ちゃんを渡せるわけがない。


男がもう真帆ちゃんに戻らないことに確証がもてれば、

今日みたいにデート1回で切ってしまうし、
確証が持てないときは、何度でも会って、時には体も使って、

相手を落とした。
それでよかった。
真帆ちゃんに、私より大事な人が出来なければ、それで。
それでよかった。



「電話してみよっかな…」
真帆ちゃんは今頃なにしているんだろう。
淡い失恋の痛手をどうやって癒しているんだろう。
携帯の電話帳から真帆ちゃんを呼び出す。
電話に出たら、ダメ押ししとかなくちゃ。
-先週行ったお店の男の子とデートしてきたよ。

-いきなりラブホに連れ込まれそうになった。

-真帆ちゃん、危ないからもう行かないほうがいいよ。

って。
そう告げた瞬間の真帆ちゃんの驚く…、傷つく顔が見たくて、

私はテレビ話を選択して発信させた。


どうかどうか、

真帆ちゃんがいつまでもいつまでも、

私に騙されてくれますように。






「で、その後はどうだったの?」
「惨、敗、です!!」
「お前も凝りないなー。どんだけドMだよ」

私は持っていたジョッキをテーブルに勢いよく置いて、
カウンターの中で、必死に焼き鳥を焼く大将におかわりを

お願いした。
大将はやたらとピッチの早い私に苦笑しながらも、

ドリンクコーナーにいた奥さんに生ビールの追加オーダーを

してくれる。
空になったジョッキを前にして、
さゆみは呆れてため息をつき、
ごっちんはどこか楽しそうに笑った。


歌穂と飲んだくるっと1週間後。
私は、本当の行き付けである焼き鳥チェーン店【くるめ木】に

親友と3人、集まっていた。


「ほんとバカ。これで何軒目?てか、何人目だ?」
ごっちんはどう見ても、『EXILEに入り損ねました』みたいな

ルックスで、そのくせやたらと人懐こい笑顔でもって、

私の頭をぐりぐりと撫でる。
言葉は悪いけど、気は優しいイイヤツだから、

私は綺麗に整えた黒髪がくしゃくしゃになって行くことを

許した。


「確か5軒目で5人目。ここまで来ると苦行ね」
くるめ木に来るとき仕様のカジュアルロリータな装いと、
くるんとあげたツインテールの愛らしさからは程遠い、絶対零度の

冷めた声でさゆみがきっぱりと言い放つ。
いわゆるロリータちゃんのくせに、さゆみの中身は男尊女卑に

対抗するときの田嶋先生並に厳しい。



けっきょくのところ。
あのあとも坂井くんはうちのテーブルに来ては、さりげなく、

時には露骨に歌穂にモーションをかけまくり。
2ヶ月通って仲良くなって。
メルアド交換して。
『真帆さんって楽しいですよねー。今度飲み行きましょ!

予定教えてくださいね』
って、私にメールを送ってきていたくせに。

私がトイレに行ってる隙に、手早く歌穂と飲みに行く約束を

取り付けてしまった、らしい。
トレイに行く前にはテーブルの上になかった歌穂のピンクの携帯。
それがテーブルの上においてあるのを目ざとく見つけた私は、

何も知りません、みたいな笑顔で
『デートの約束でも取り付けられた?』

と、歌穂に聞いたのだ。
歌穂は、やだもう真帆ちゃん!と笑いつつも、まぁね、と頷く。

いつものように。

この瞬間、テストは終了。

歌穂は選ばれて、私は選ばれなかった。
そのあとひとしきり飲んで、お会計をして、ご馳走様でした、と

店を出た。
坂井くんは、また2人でいらして下さいね、って手を振って、
歌穂は、うんまたねーと手を振り返して、
私は、顔だけ笑顔で、心の中で『2度とお邪魔しません、さようなら』と告げた。



「あー、もー今度は大丈夫だと思ったのにー」
「だいたい歌穂に会わせなきゃいい話じゃねーの?」
「ごっちんバカだね。会わせなくても、いつかは絶対、会ってしまうでしょ。
その時になって、『やっぱり俺、歌穂ちゃんが…』ってパターンは

避けたいのよ。この子、トラウマだから」
「そうそう…、ってトラウマって言わないでよ!」
「あー、お前、そう言えばそのパターンばっかりだよな」
「ごっちんまで傷抉らないで…」


金曜日の疲れと。
程よく回ったお酒と。
口は悪いけど、私のこと心配してくれる親友2人おかげで。
私の涙腺はゆるやかに決壊。
めそめそ泣き始めた私に、さゆみとごっちんは、

泣く泣くなとお絞りとビールを交互に勧めてくれた。





世の中に、ルックス以上に大事なことって何があるのかな。









信じられないことに、私と歌穂は双子だ。
もっと信じられないことに、わずか数秒ではあるけれど、
歌穂の方が年上だ。
高杉のお家の長女が歌穂。
高杉のお家の次女が私。
双子ってゆー、人生の同級生みたいな間柄で、どっちか
お姉さんかなんて、どうでもいいことみたいだけど。
実際、どうでもいいことなんだけど。
それでも、一応分けられた、姉と妹のポジション。
世間一般的な、『姉』と『妹』の役割。
世界中の『姉』と『妹』に聞いたわけではないけれど、
私たちにおいて、おそらくそれは、逆、だ。


可愛い歌穂ちゃん。
泣き虫の歌穂ちゃん。
甘えん坊の歌穂ちゃん。
人見知りな歌穂ちゃん。
のんびりやの歌穂ちゃん。
可愛い歌穂ちゃん。
可愛い歌穂ちゃん。
可愛い、可愛い、可愛い歌穂ちゃん。


しっかりものの真帆ちゃん。
落ち着いてる真帆ちゃん。
頼りになる真帆ちゃん。
少し勝気な真帆ちゃん。
お姉ちゃん思いの真帆ちゃん。
しっかりものの真帆ちゃん。
しっかりものの真帆ちゃん。
しっかりしていて、落ち着いてて、頼りになる真帆ちゃん。


生まれてからこのかた、24年間、おおよそ言い分けられてきた言葉たち。
双子なのに似ていなくて。
性格も真逆で。
親も首を傾げた。
首を傾げた次にしたことは、どっちがいいか、と決める作業。
それは無意識に。
それでも個体差のある同じ生き物であるがゆえ、必然的に。
パパもママも、歌穂と私に腕を伸ばして、
お金も愛情も、手間も暇もかけてくれた。
んだけど。
それは平等を装うがゆえにいびつだった、と思う。


大人は言う。
「歌穂ちゃん、もうちょっとしっかりしなくちゃ」
と、たっぷりの愛情と慈しみをこめて。
大人は言う。
「真帆ちゃんは、しっかりしているからね」
と、どこか安心したような吐息とともに。


小学校に上がって急激に視力が落ちて、私が眼鏡をかけるようになった頃には、
もう、周りの人も私と歌穂を双子だとは思っていなかったような気がする。
だって見分けがつくから。
顔も性格も、何もかもが違う。
まるで、双子じゃないみたいに。


それでも、何かふとした瞬間に私と歌穂が双子であることを痛感させられる。
たとえば、今みたいに、話しかけられた瞬間、同じ表情で同じ動きをしたり。
連絡をしようと思った瞬間に電話がきたり。
ある日突然頭が痛くなって連絡してみれば歌穂が熱を出して寝込んでいたり。
こんな不思議なことが起こってしまう。
そのたびに、歌穂は嬉しそうに言う。


『私たち、やっぱり双子だねぇ』


って。


そうだね。
顔も性格も違うのに。
扱いも違うのに。
流れてる血が、
DNAが、
私たちを他人にさせてくれない。
(いや、べつに、歌穂が嫌いだと、そーゆーんじゃないけど)
(でも、彼女は間違いなく、私の劣等感を刺激する存在だけど)