薄暗がりのソファー席。
私はそこに、ゆっくりゆっくり腰をかける。
深く。
息を吐いて。
目の前で、笑う顔。


「へぇ、前のトコと違う雰囲気ね、ここ」


歌穂の、上ずった声。
私はその言葉に、微笑んで頷く。
歌穂は綺麗にマニキュアが塗られた指先を組んで、
きょろきょろと、落ち着かない様子で店内を見渡す。
金曜の20時45分。
混む日ではあるけど。
エアポケットみたいに、スルーな時間だったり。
このダイニングバーの週末のタイムリミットは2時間半。
ちなみに18時開店。
そうくれば、ほら。
私たちの周囲の席は、
バッシングを待っている状態だったり、
お会計のお釣りを分け合う相談だったり、
そんなものでいっぱい。
こんな時間を狙ってくる私は相当アクドイと思う。
(いや、もっとアクドイこと、これからするんだけど)


「それにしても、ごめんね、私の仕事が、変な時間に終わるから
 こんな時間になっちゃって」


指先と同じように、綺麗に整えられた、くるくるふわふわの栗色の髪。
ごめんね、と小首を傾げる歌穂の黒目がちな瞳。
かわいい。
同性の、
と、言うか、
血を分けた、
むしろ、
入ってた器を分た、私が見ても、歌穂は可愛い。
顔も、しぐさも、奇跡みたいに、可愛い。
私はそれを確認して、満足して、息を吸う。


「平気。私も残業して、ちょうど良かったし。
 それより、ごめんね。いつも都内まで出てきて貰っちゃって」


「それこそ、ぜんぜんへーき!真帆ちゃんが呼んでくれなかったら
 絶対に千葉から出ないと思うもん、私」


歌穂、それ違う。
パパとママが出したがらないだけです。
…とは言えず、私は、明日は渋谷か新宿で買い物しようね、と答える。
正しくキャッチボールの行われなかった会話なのに、歌穂は、
うん!
と、無邪気に答える。
そして振り出しに戻った。
テーブルの上におかれたメニューを広げて、わくわくした顔でめくる。


「前の行きつけのお店は和食だったのに、だいぶ趣味変えたね~」
「うん。あそこも美味しかったんだけどね、ここも美味しいよ」
「あ、なにこれ、スパイシーチキンだって、美味しそう!」
「歌穂ちゃん、先に飲み物」
「えーっとねぇ」


メニューをばらばらとめくってドリンクページに。
歌穂がフレンチネイルにマーガレットをあしらった指先で
カシスソーダをなぞった、そのとき、


「高杉さん、こんばんわ」


オーダー帳を手にした坂井くんがやって来た。
『高杉さん』と呼ばれた、私と歌穂が、同時に顔を上げる。
ぴたりと重なったであろう、その動きに坂井くんが、お、とたじろぐ。


「坂井くん、こんばんわ」


-テストのはじまり。
たじろいだ坂井くんをスルーして、私は彼の名前を呼んで挨拶した。
それを見た歌穂は大きな瞳をいっそう大きくして、坂井くんを見上げた。
その瞬間、坂井くんはあからさまに嬉しそうな顔をした。
条件反射。
歌穂と目が合った男の子の正常な反応。
今回も、テスト開始と同時に結果まで出たようなものだけど。
それでも、最後までこのテストを続けるのは、


「あれ、おと、もだちですか?」
「違う」
「違いまーす」
「え、姉妹?」
「そう」
「しかも双子でーす」
「え。マジすか!」
「似ていないでしょ」
「うふふ」
「や、確かにー、ちょっとパッと見、双子には見えない、けど」
「ねー」
「ねー」
「いや、でも、今そうやって喋ってるのとか見ると、納得っす」



自分を追い詰めたいから、なんだ。