東日本大震災432 (被災地の今;福島編56)
という事で、前回の記事で、解ったかも、しれないけど、今回のメインは、 去年、公開された、浪江の、震災遺構の、請戸小学校です。 先に、書いておくけど、ここは、色んな奇跡が、重なったのだろうけど、全員、助かっています。それは、いいんです。でも、生かされたから、だから、正解で、問題なし、になんて、到底ならない。この建物自体は、確かに、残ったかもしれない。でも、前回の通り、見渡す限り、何もなくなった。そして、人は戻らない。代わりに、公園、という事らしいけど、それはおいといても、この場所で、こういう事が、起きてしまったのも、事実。それを、感じ取れる、震災遺構。あれから10年、という事は、私も、その分、歳を取り、忘れる事も、感情が薄まる事も、当然に、あるもの、と思っていたけど、結局、何も、変わらない、何も、成長なんて、してなかった。 通常は、300円の入館料が、あるのだけど、この日は、特別に、無料だったようだ。それで、受付を通って、館内へ。 あの時の事を、パネル展示された、一角を通って、校舎の方へ。 順路には、この日の事を、著した、「請戸小学校物語」という、絵本のページが、展示されています。 中には、想像通りの光景でしたが、お察しの通り、もう、ここで、完全に、崩壊してしまって、呼吸はできなくなる、手は震える、涙は止まらない、嗚咽が漏れるのを我慢するのが、精一杯で、でも、周りに余り人は、いなかったけど、もう、どうでもよくて、そのまま、心ここにあらずで、反射的行動だけで、写真撮らなきゃ、歩かなきゃ、挨拶しなきゃ・・・みたいな、ゾンビみたいな状態でした。 絶望と奇跡。前回の通り、近くの見晴台の場所では、16Mを超える津波だったのだから、よく、その中を、逃れられたなと。 本当なら、後2週間で、卒業式をやって、これから未来に向けて、という感じだったはずなのに。何で、こんな事に、なってしまったんだろう。 ここには、街もあったし、人もいた。漁港も、あったし、放射能なんて、関係なかった。余りに多くの、犠牲も、あったのに、助かっても、福島を出ていかなければ、ならない、戻れない、風評なんてバカな事は、10年経ってもまだ、続いている。何で、こんな目にあわなければならないんだろう。・・・ この日、ならでは、という感じで、缶バッジやら、グッズやらが、貰えたので、 「忘れない」と文字の入った、バッジと、しおりを、貰いました。しおりは、本に挟むものだけど、しおりには、道標の意味もあるから。必ず復興して、幸せになる、道標として。