という事で、前回の記事で、解ったかも、しれないけど、今回のメインは、
去年、公開された、浪江の、震災遺構の、請戸小学校です。
先に、書いておくけど、ここは、色んな奇跡が、重なったのだろうけど、
全員、助かっています。
それは、いいんです。
でも、生かされたから、だから、正解で、問題なし、になんて、到底ならない。
この建物自体は、確かに、残ったかもしれない。
でも、前回の通り、見渡す限り、何もなくなった。
そして、人は戻らない。
代わりに、公園、という事らしいけど、それはおいといても、
この場所で、こういう事が、起きてしまったのも、事実。
それを、感じ取れる、震災遺構。
あれから10年、という事は、私も、その分、歳を取り、
忘れる事も、感情が薄まる事も、当然に、あるもの、
と思っていたけど、結局、何も、変わらない、何も、成長なんて、してなかった。
通常は、300円の入館料が、あるのだけど、この日は、特別に、
無料だったようだ。
それで、受付を通って、館内へ。
あの時の事を、パネル展示された、一角を通って、校舎の方へ。
順路には、この日の事を、著した、「請戸小学校物語」という、
絵本のページが、展示されています。
中には、想像通りの光景でしたが、お察しの通り、もう、ここで、
完全に、崩壊してしまって、呼吸はできなくなる、手は震える、
涙は止まらない、嗚咽が漏れるのを我慢するのが、精一杯で、
でも、周りに余り人は、いなかったけど、もう、どうでもよくて、
そのまま、心ここにあらずで、反射的行動だけで、
写真撮らなきゃ、歩かなきゃ、挨拶しなきゃ・・・
みたいな、ゾンビみたいな状態でした。
絶望と奇跡。
前回の通り、近くの見晴台の場所では、16Mを超える津波だったのだから、
よく、その中を、逃れられたなと。
本当なら、後2週間で、卒業式をやって、これから未来に向けて、
という感じだったはずなのに。
何で、こんな事に、なってしまったんだろう。
ここには、街もあったし、人もいた。漁港も、あったし、放射能なんて、
関係なかった。余りに多くの、犠牲も、あったのに、助かっても、
福島を出ていかなければ、ならない、戻れない、風評なんて
バカな事は、10年経ってもまだ、続いている。
何で、こんな目にあわなければならないんだろう。
・・・
この日、ならでは、という感じで、缶バッジやら、グッズやらが、貰えたので、
「忘れない」と文字の入った、バッジと、
しおりを、貰いました。
しおりは、本に挟むものだけど、しおりには、道標の意味もあるから。
必ず復興して、幸せになる、道標として。



























