という事で、前回で、終わりかな、と思っていたけど、何となく、

消化不良も、あって、翻意して、一路、北茨城へ。

 

千葉も、茨城も、防災情報も、チェックして、件数を把握しての事なので、

だったらこうだろう、という想定は、あるのだけど、

結局、茂原に至っては、出向いた日時点で、床上450件弱だったのが、

その後、倍の1000件弱に。

 

それでも、募集の再開はしないので、一体どこを向いて、誰のためなのか、

確かに、社協メンバーも、通常業務の他に、これなので、それこそ休みなしだし、

解らないでもないけど、実際に被災者を目の前にして、何だかな、というのは、

どこまでいっても、拭えないですからね。

 

 

        

 

ただ、2週間も経っていても、まだ街は、被災地近辺に限ってだけど、

この状態なので、やっぱり、気分は塞ぎます。

 

 

    

 

稲は、あちこちこの状態。

ボランティアバスの、護送中で、写真は、撮れてないけど、両脇を残して、

一面だけが刈り取られた、田んぼを見た時は、全部は間に合わなかったんだな、

と少し泣きそうでしたが。

 

 

    

 

防災、減災対策は、確かに、やってはいるけどね、もう、昔とは違う。

毎年、あちらこちらで、「普通に」災害が起きる時代。

結果論で、申し訳ないけど、チンタラやってたら、いつまで経っても、

防災なんて、できないままで、被災者は減らないわ。

 

・・・

 

それでも、できる限り、できる範囲で、できる事を、淡々とやりますよ、私は。

 

という事で、次回、ボランティア編へ。