もう、5年が経った後から、折に触れて、書いてはいるけど、
母親は、あの震災で(関連死)で、亡くなりました。
まあ、行政のやる事なので、カウントされるのは、あくまで、
あの当時、行政のお世話になった者だけ。
その時に、何らかの形で、自助努力で、そのお世話を回避できた者が、
その後に、心労が重なって、直接逃げたり、何かに逃げて、その結果
終りを向かえても、カウントされる事は、一切ない。
もちろん、カウントされたから、どうという事もないし、
むしろ、自分がそれを忘れなければ、よいだけ。
ただ・・・
彼女を殺したのは、紛れもなく、あの震災、そして私、そして父。
親孝行どころか、それを取り戻す事すら、許してくれず、最後の一言すら、
言わせて貰えなかった。
思えば、生まれてこの方、冗談抜きに、文字通り、死にそうになった事は、
幾度となくあり、私が関わる人は、私が何人も死なせてしまった。1歳の頃から。
もちろん、母も含めて、こんな事に、なるなんて、思ってもなかった。
ただ、その内の一人だけは、自分がこうすれば、その人は、追い詰められるのは、
分かりきっていたのに、それも含めてどうにかしたくて、賭けに出て、結果、
それが通らなかった。
想定内とまでは、いかないけど、結局、その彼は、追い詰められて、
自らでは、ないものの、私が終わらせてしまったから、今でも怖くて、
何のアクションも、とれていない。許される事なんて、何一つないけど、
墓前で土下座の一つでも、するのが当然なのに。
・・・
話は、戻るけど、なぜ、母の代わりになれなかったのか、
もっといえば、なぜ私を守って、身代わりになった彼女の
代わりに、なれなかったのか、あの時、私が死んでいれば、
むしろ、生まれてまもなく、まだ世の中の何も知らないで、
どうという事も、なかったかも、しれないのに。
その彼女を、殺したのも父。
だから、結局、私と父で、2人も死に追いやって。
なのに、あの震災で、直接の被害は免れ、母親よりも、遥かに、
地獄を見たのに、私の方が、生かされる。
なぜ?
何をするため?
何をしなければいけない?
全くわからないまま、ただ、明日死んでもいいという状態のまま、
ただ、日々を生きている。
何も解らない。
理由も、目的も、方法も。
身代わりになってくれた彼女の、お墓には、毎年、必ず行っている。
でも、当時1歳の私に、彼女の面影の記憶が、ある訳もない。
残念ながら、写真すら残っていないし、直接の原因は、父だったとしても、
どの面下げて、彼女の親類のもとに行けようか。
墓碑に刻まれた名前と、享年しか、知らない。
結局、自分がいつも思うのは、母親の事。
そして、母と仲のよかった、街で松たか子に、間違われる
位に、似ていた、私の元カノの事。
母親に、しれみれば、彼女には、不満ばかりだったろうけど、
それでも、素直だった彼女の事を、凄く気に入っていた。
恐らく、結婚というイメージも、もっていただろうと。
だから、私にとって、未練は微塵もないものの、
彼女が、どこかで、幸せになっていてくれる事だけを、
願っている一方で、記憶が、その当時のものしかないから、
酷い事をして、泣かせて、苦しめて・・・
そればかりが、いつまで経っても、追いかけてくる。
何で、生きてる
何で、生かされてる
のだろう
もう、一生分、100年分、生き切ったのに。
「10years」;渡辺美里
(C)出典(Uta-Net)
「キャッチボール」;渡辺美里
(C)出典(Uta-Net)