今日は会社を辞めた用事がてら、出かけてきた。
・・・それは後程。
途中、ラジオからAKB48の新曲「風は吹いている」
が流れてきた。
といっても、今日が発売日らしく、パワープレイで何度も何度も流れていたが、
何せ、まったく興味がないので、
前田敦子とか、本当に有名な人以外はよく解らないありさま。

だから、彼女たちの歌
が流れたところで、まったく気にも留めずに、
いつものように、ただ流して聴いているだけだった。
むしろ、発売日前から、何度も宣伝で流すから、聴き飽きるくらい聴かされ、
「またか・・・でも今はAKBに頼らざるを得ないんだろうなー」
くらいでいた。
ところが、途中の番組で、メンバーが数人出てきて、
「これは震災復興応援ソングなんです」
という。
それで、ちゃんと聴いてみようと思い、あらためて聴いてみた。
・・・
「この変わり果てた 大地の空白に・・・」
(JASRAC:9311365002Y30005)
の歌いだしから、思わずグッと来てしまい、
あとはそのまま、涙が止まらなかった。


・・・震災以来、本当にちょっとした人の支援などに涙するようになった。
以前までは、他で震災があっても、ほんのわずかの募金
をする程度で、
支援者たちを「偽善者」と思うことはないまでも、
どこか違う世界のように感じるだけだった。
「よくあそこまでできるなー」
と。
以前もそれについて反省の言を載せたけど、やはり結局「対岸の火事」に
位置付けられていたのかもしれないな、とあらためて感じています。
本当に情けないことで、反省のしようもない。
だから、今「被災なんてどこ吹く風」の人を、
気に入らないし、多少責めたりもあるけど、
完全には責めきれない。
それでも、「身近」(東日本在住者)に起きている人には、
やはりそれ(他人事)ではあんまりだろうとは思うし、
さすがに、「身近」にあって、大して何もしてない人には、言われる筋合いもないかなとも思うけど。
・・・やっぱり「身近」に何かが起きないと、それほど何かを感じたり動いたりできないのかな?
・・・
個人の力には限界もあるし、実際、ほんのわずかな人しか救えないし、
もしかしたら、救えてもいないのかもしれない。
一方で、いまやAKB48の影響力は絶大なものがある。
以前書いた通り、彼女たちは献血
のキャンペーンにも使われたり、
いい方向に動けば、それについて動く人の数は計り知れないし、そのいい影響もまた、
計り知れない。
実際に動くのはAKB、彼女たちであって、それについていく人には、
歌詞の内容など関係ないかもしれないけど、何でもいいのだと思う。
結果として、支援、それも莫大な支援につながるのだから。
でも私たち、一個人は信念を持って進んでいくしかない。
ほんの少しずつでも、笑顔を増やしていけるはずだ
と。
「何から先に手をつければいい? 絶望の中に光を探す」
いろんな場所、いろんな立場、いろんな境遇・・・
皆、それぞれに苦しみが違うけど、
私たちは、震災直後の家
のありさまを見て、
現実をはるかに超越したその光景に、
まさに「変わり果てた大地の空白」
に、
何も感じる余裕すら持てなかったし、「絶望の中に光を探」
そうとすら考えられなかった。
「なんとかすれば、まだ住める」
と感じ、考えたから復旧を始めたのではない。
ただ、その場にいた全員が、淡々と何の考えも、想いも、目的もなく、
同じ方向に向かって動き始めただけ。
「光」を感じ始めたのは、家
の中が一通り泥もかき出され、何もなくなったところくらいからだろうか。
手伝いに来てくれている人の中には、「大丈夫」と声をかけてくれる人もたくさんいたけど、
実際それまでは半分、うわの空だったように思う。
・・・
現実問題、行政の動きは遅い。
これから先、復旧復興計画によって、せっかく復旧させた今の場所
を退避せざるをえなくなる可能性も、
全くないわけでもない。
その意味で、「光」はまだどこにあるのか、解らない。
皆の支援でこれだけ早い復旧ができたことは、奇跡だし、現時点のみを見れば、
それは命を救ってくれたのと同然で、感謝のしようもない。

ただ、この先の不透明さゆえに、いつまでも両手を上げて喜ぶことができないのも事実。
あれだけの恐怖を身近に感じた両親に至っては、その点でも死ぬまで万歳はできないんだろうな、と。
・・・
まだ、「風は吹いている」し、吹き続けている。
でも、決して止むこともない。
すでに風化している今の状況で、風を吹かせ続けている人は、
今後も吹かせ続けようとする人は、逆に批判もされるのかもしれない。
「自己満足」、「偽善者」・・・
と。
でも、信念を貫いて、風を吹かせ続けようとする人は、決してなくならない。
彼ら自身が風をおこすまで。

・・・それは後程。

途中、ラジオからAKB48の新曲「風は吹いている」
が流れてきた。といっても、今日が発売日らしく、パワープレイで何度も何度も流れていたが、
何せ、まったく興味がないので、

前田敦子とか、本当に有名な人以外はよく解らないありさま。


だから、彼女たちの歌
が流れたところで、まったく気にも留めずに、いつものように、ただ流して聴いているだけだった。

むしろ、発売日前から、何度も宣伝で流すから、聴き飽きるくらい聴かされ、
「またか・・・でも今はAKBに頼らざるを得ないんだろうなー」
くらいでいた。

ところが、途中の番組で、メンバーが数人出てきて、
「これは震災復興応援ソングなんです」
という。
それで、ちゃんと聴いてみようと思い、あらためて聴いてみた。

・・・
「この変わり果てた 大地の空白に・・・」
(JASRAC:9311365002Y30005)の歌いだしから、思わずグッと来てしまい、
あとはそのまま、涙が止まらなかった。



・・・震災以来、本当にちょっとした人の支援などに涙するようになった。

以前までは、他で震災があっても、ほんのわずかの募金
をする程度で、支援者たちを「偽善者」と思うことはないまでも、
どこか違う世界のように感じるだけだった。

「よくあそこまでできるなー」
と。
以前もそれについて反省の言を載せたけど、やはり結局「対岸の火事」に
位置付けられていたのかもしれないな、とあらためて感じています。

本当に情けないことで、反省のしようもない。

だから、今「被災なんてどこ吹く風」の人を、
気に入らないし、多少責めたりもあるけど、

完全には責めきれない。

それでも、「身近」(東日本在住者)に起きている人には、
やはりそれ(他人事)ではあんまりだろうとは思うし、

さすがに、「身近」にあって、大して何もしてない人には、言われる筋合いもないかなとも思うけど。

・・・やっぱり「身近」に何かが起きないと、それほど何かを感じたり動いたりできないのかな?

・・・
個人の力には限界もあるし、実際、ほんのわずかな人しか救えないし、
もしかしたら、救えてもいないのかもしれない。

一方で、いまやAKB48の影響力は絶大なものがある。

以前書いた通り、彼女たちは献血
のキャンペーンにも使われたり、いい方向に動けば、それについて動く人の数は計り知れないし、そのいい影響もまた、
計り知れない。

実際に動くのはAKB、彼女たちであって、それについていく人には、
歌詞の内容など関係ないかもしれないけど、何でもいいのだと思う。

結果として、支援、それも莫大な支援につながるのだから。

でも私たち、一個人は信念を持って進んでいくしかない。

ほんの少しずつでも、笑顔を増やしていけるはずだ
と。

「何から先に手をつければいい? 絶望の中に光を探す」

いろんな場所、いろんな立場、いろんな境遇・・・
皆、それぞれに苦しみが違うけど、
私たちは、震災直後の家
のありさまを見て、現実をはるかに超越したその光景に、
まさに「変わり果てた大地の空白」
に、何も感じる余裕すら持てなかったし、「絶望の中に光を探」
そうとすら考えられなかった。
「なんとかすれば、まだ住める」
と感じ、考えたから復旧を始めたのではない。

ただ、その場にいた全員が、淡々と何の考えも、想いも、目的もなく、
同じ方向に向かって動き始めただけ。

「光」を感じ始めたのは、家
の中が一通り泥もかき出され、何もなくなったところくらいからだろうか。手伝いに来てくれている人の中には、「大丈夫」と声をかけてくれる人もたくさんいたけど、
実際それまでは半分、うわの空だったように思う。

・・・
現実問題、行政の動きは遅い。
これから先、復旧復興計画によって、せっかく復旧させた今の場所
を退避せざるをえなくなる可能性も、全くないわけでもない。

その意味で、「光」はまだどこにあるのか、解らない。

皆の支援でこれだけ早い復旧ができたことは、奇跡だし、現時点のみを見れば、
それは命を救ってくれたのと同然で、感謝のしようもない。


ただ、この先の不透明さゆえに、いつまでも両手を上げて喜ぶことができないのも事実。

あれだけの恐怖を身近に感じた両親に至っては、その点でも死ぬまで万歳はできないんだろうな、と。

・・・
まだ、「風は吹いている」し、吹き続けている。
でも、決して止むこともない。

すでに風化している今の状況で、風を吹かせ続けている人は、
今後も吹かせ続けようとする人は、逆に批判もされるのかもしれない。

「自己満足」、「偽善者」・・・
と。

でも、信念を貫いて、風を吹かせ続けようとする人は、決してなくならない。

彼ら自身が風をおこすまで。