「ボランティアは病んでいる」そうだ・・・
なるほど、確かに思い当たる節がないわけではないです。
実際これまで4度ほど福島にはお邪魔させてもらいました。
以前にも書いたけど、見てきた限り、そう感じられる部分は全くないとはいえません。
何せ、私自身、「人を好きになる」という感情をとうの昔に無くしているくらい壊れてますからね。

(ま、私も人生長いので色々とあるもので・・・
)
・・・
これは、前回「米田きよし」(仮名)で書いた、米田吉誉さんの言葉だそうです。
結局彼は、医師法違反で、詐欺罪も検討されているようです。
前回私は、彼に対しては、「善意のみでの行動なら」否定も半分、と述べましたが、
仮にまったくの詐欺的行為だったにしても、
彼の言う、「医師不足」、「必要に迫られている」などの状況は疑うところはありません。
事実、私は医師というよりは、ボランティア作業の方で感じましたが、
本当に数が足りないのは、強く感じたし、もっと「ごった返している」イメージだったのに、
行ってみると拍子抜けといっていいくらい、人はいない現実。
だから、普段周りにこの話をすると(限られた人相手だけですが)、
「偉いですね」との反応だし、
「いい人」との評価はむしろ自然なのかもしれないと思えるほどです。
(当然、いい人でないどころか、悪い人なんだけど・・・
)
それだけ一般の人の間に、「共通認識」として、
この震災が位置付けられていないということが、嫌という程思い知らされます。
もちろん、今までも書いてきている通り、
これを読んで、こうしろ、というつもりも全くありませんが、
(現実には、100%できない理由が存在することも承知の上なので
)
本当に、誰も、何の言い訳もできない。
その位、実際に来ている「わずかな」人は、バラエティに富んでいて、
私たちの「行かない理由」をことごとく壊してくれるのです。
北海道や九州から来ていた人、
60歳、70歳で来ていた人、
年齢問わず子どもがいる中で、夫婦で来ていた人、
親子で参加していた人、
(高校生ながら)本人ひとりで来ていた人・・・
距離、年齢、条件、環境・・・そのすべての「言い訳」を許さない事実がそこにはありました。
私はさすがに、自分の環境を壊してまで参加するということはできませんでしたが、
それをもいとわずに来ている人もいて、
何度か足を運んでいるとしても、私自身、価値は低いわけです。

それでも、
「ほんの少しでも」と思うのは事実で、だからこそ何度か出向いているわけですが、
「その程度なら自己満足」と言われても、反論はできません。
それであたりを見回してみると、
確かに「自己満足」という感を持たざるを得ない人もたくさんいたのも、また事実なのです。
もちろん、だからといって、全く行きもしない人に、
何かを言われる筋合いはないよな、とも思うけど、
実際に行ってみて解るのは、
「この人何しに来てるんだろう?」、
「何で来てるんだろう?」
と感じるのが多い半面、
普段周りで行く気配すらない人たちを見て、
「この人は同じ日本人が苦しんでいることを何とも思わないんだろうか?」、
「何でこの状況でヘラヘラしてられるんだろう?」
と日々感じるわけです。
・・・
米田さんの言葉の中に、
「がれきがなくなっていくのが寂しい」
と、ボランティアが感じている、というのがありました。
私はそう感じたことはありませんが、
「必要とされている」感を感じたい向きはあるのかもしれません。
でもそれは、参加している彼ら自身が病んでいるというより、
日常、誰がやってもいい仕事ばかりで、「替りはいくらでもいる」という社会構造からくる、根本的な、
「社会そのものの病」なのかな、とも感じました。
チームリーダーを率先してやりたい人、(私は仕方なくでしたが
)
何度も(同じ場所に)来て、スタッフと仲良くなり「したり顔」でいたがる人、
(したり顔;得意げな顔、自慢げな顔)
あちこちに参加して、目にしたことを得意げに話す人、
家
のことに知識があって、リーダーでもないのに、突然現場で仕切りだす人
経験値をことさら重視して、「新参者」をバカにする人
・・・
確かに、非難されても仕方のない現実は、「そこに」あります。
ただ、勘違いしないでいただきたいのは、
あくまで、彼らは「現実に」その場に行き、「実際に」支援活動を行っているということ。
この「結果」については、非難されるいわれは全くないのだと思いますが、
私的には復旧、復興の「結果」がすべてで、その途中に参加した人(私も含め)のことなど、
忘れてもらって、全然かまわないと思います。
だから、いくら彼らが「本当に」病んでいるのだとしても、
結果さえ残っているならそれでよい、としてくれたら、と思います。
・・・
実際の活動は、平日は極端に参加人数が少なく、天候が悪ければ作業はできない。
そのために、想像以上に復旧に時間がかかっているのです。
実際に「人手」が必要なのだから、行政の問題だけでは済まないのです。
東日本大震災からは、早5か月半、新潟福島豪雨からもそろそろ1月になりますが、
まだ復旧はし切れていないのです。
今回の只見町行きの計画を断念したことも、申し訳なく思っているところです。
・・・
風化するしないではなく、それが現実です。
自分のできることだけで十分なのです。
あらためて、協力をお願いしたいと思います。
福島だけじゃないけど・・・

なるほど、確かに思い当たる節がないわけではないです。

実際これまで4度ほど福島にはお邪魔させてもらいました。

以前にも書いたけど、見てきた限り、そう感じられる部分は全くないとはいえません。

何せ、私自身、「人を好きになる」という感情をとうの昔に無くしているくらい壊れてますからね。


(ま、私も人生長いので色々とあるもので・・・
)・・・
これは、前回「米田きよし」(仮名)で書いた、米田吉誉さんの言葉だそうです。

結局彼は、医師法違反で、詐欺罪も検討されているようです。

前回私は、彼に対しては、「善意のみでの行動なら」否定も半分、と述べましたが、
仮にまったくの詐欺的行為だったにしても、
彼の言う、「医師不足」、「必要に迫られている」などの状況は疑うところはありません。

事実、私は医師というよりは、ボランティア作業の方で感じましたが、
本当に数が足りないのは、強く感じたし、もっと「ごった返している」イメージだったのに、
行ってみると拍子抜けといっていいくらい、人はいない現実。

だから、普段周りにこの話をすると(限られた人相手だけですが)、
「偉いですね」との反応だし、
「いい人」との評価はむしろ自然なのかもしれないと思えるほどです。

(当然、いい人でないどころか、悪い人なんだけど・・・
)それだけ一般の人の間に、「共通認識」として、
この震災が位置付けられていないということが、嫌という程思い知らされます。

もちろん、今までも書いてきている通り、
これを読んで、こうしろ、というつもりも全くありませんが、
(現実には、100%できない理由が存在することも承知の上なので
)本当に、誰も、何の言い訳もできない。
その位、実際に来ている「わずかな」人は、バラエティに富んでいて、
私たちの「行かない理由」をことごとく壊してくれるのです。

北海道や九州から来ていた人、
60歳、70歳で来ていた人、
年齢問わず子どもがいる中で、夫婦で来ていた人、
親子で参加していた人、
(高校生ながら)本人ひとりで来ていた人・・・
距離、年齢、条件、環境・・・そのすべての「言い訳」を許さない事実がそこにはありました。

私はさすがに、自分の環境を壊してまで参加するということはできませんでしたが、
それをもいとわずに来ている人もいて、
何度か足を運んでいるとしても、私自身、価値は低いわけです。


それでも、
「ほんの少しでも」と思うのは事実で、だからこそ何度か出向いているわけですが、
「その程度なら自己満足」と言われても、反論はできません。

それであたりを見回してみると、
確かに「自己満足」という感を持たざるを得ない人もたくさんいたのも、また事実なのです。

もちろん、だからといって、全く行きもしない人に、
何かを言われる筋合いはないよな、とも思うけど、
実際に行ってみて解るのは、
「この人何しに来てるんだろう?」、
「何で来てるんだろう?」
と感じるのが多い半面、
普段周りで行く気配すらない人たちを見て、
「この人は同じ日本人が苦しんでいることを何とも思わないんだろうか?」、
「何でこの状況でヘラヘラしてられるんだろう?」
と日々感じるわけです。

・・・
米田さんの言葉の中に、
「がれきがなくなっていくのが寂しい」
と、ボランティアが感じている、というのがありました。

私はそう感じたことはありませんが、
「必要とされている」感を感じたい向きはあるのかもしれません。

でもそれは、参加している彼ら自身が病んでいるというより、
日常、誰がやってもいい仕事ばかりで、「替りはいくらでもいる」という社会構造からくる、根本的な、
「社会そのものの病」なのかな、とも感じました。

チームリーダーを率先してやりたい人、(私は仕方なくでしたが
)何度も(同じ場所に)来て、スタッフと仲良くなり「したり顔」でいたがる人、
(したり顔;得意げな顔、自慢げな顔)
あちこちに参加して、目にしたことを得意げに話す人、
家
のことに知識があって、リーダーでもないのに、突然現場で仕切りだす人経験値をことさら重視して、「新参者」をバカにする人
・・・
確かに、非難されても仕方のない現実は、「そこに」あります。

ただ、勘違いしないでいただきたいのは、
あくまで、彼らは「現実に」その場に行き、「実際に」支援活動を行っているということ。

この「結果」については、非難されるいわれは全くないのだと思いますが、
私的には復旧、復興の「結果」がすべてで、その途中に参加した人(私も含め)のことなど、
忘れてもらって、全然かまわないと思います。

だから、いくら彼らが「本当に」病んでいるのだとしても、
結果さえ残っているならそれでよい、としてくれたら、と思います。

・・・
実際の活動は、平日は極端に参加人数が少なく、天候が悪ければ作業はできない。

そのために、想像以上に復旧に時間がかかっているのです。

実際に「人手」が必要なのだから、行政の問題だけでは済まないのです。

東日本大震災からは、早5か月半、新潟福島豪雨からもそろそろ1月になりますが、
まだ復旧はし切れていないのです。

今回の只見町行きの計画を断念したことも、申し訳なく思っているところです。

・・・
風化するしないではなく、それが現実です。

自分のできることだけで十分なのです。

あらためて、協力をお願いしたいと思います。

福島だけじゃないけど・・・