「オンコロコロ センダリ マトウギソワカ」
・・・
前回は勿来までしか行かなかったので、
その北部、「いわき市四倉(よつくら)」付近を通ったとき、
いまだ残されている惨状を目の当たりにしたので、
今回は「四倉編」です。
まずとにかくびっくりしたのは、コレ。

いくら海のすぐそばとはいえ、普通に道路から5mはあろうかという高さの道路標識すら、
こんな状態に。
ただ、この近くも含めて、南相馬市までの間で、壊れていたのはここだけなので、
波だけでこうなったというよりは、
船
か車
か何かがぶつかったのかな、という感じはします。
とにかく、あ然とするほかありませんでした。

自然の驚異は人間の想像をはるかに超えるようです。
ここは、波立(はったち)海岸。
波立薬師の前の弁天島へ通じる橋ですが、その途中も壊れてしまい、
さらに、この橋への通路も、国道6号線のトンネルのすぐ脇から行けるようになっていたものが、
完全に塞がれていて、行くことはできませんでした。
この島のさらに突端に鳥居があります。
この反対側に波立薬師があるのですが、
そこの案内板に、1行目に書いた「おまじない」
が書いてあります。
唱えると、身も心も安らかに暮らせるようです。
もう少し先の、道の駅の辺りまでの間では、船
が何艘(そう)も打ち上げられていて、
修理して再びのれるようになるのかすら、解りません。
かろうじて流れないようにつなぎとめられただけの船
が、
朝焼けの中、自らの存在を、堤防がなくなり、
目の前が開けてしまった海に訴えるように、
その身を大きく揺らしていました。
またいつか、仲間の船
と一緒に漁に出られるように・・・
・・・「政治家」じゃなくて、「政治屋」。
この言葉の持つ意味を、胸に刻んでもらいたいですね、議員連中には。

視察に来るなら、被災者の声のあるところに行け。

こんなところにだって、「声」はあるから。
・・・蛇足だけど、「・・・っペ」って、茨城でも千葉でも使いますよね。
ある意味、親近感があるな、と。
南相馬市への迂回路を行っていた時も、
「何か、道の感じから、風景から、房総の道にそっくりだな」
とも思っていたし。

そして、やはり、震災から約3ヶ月後の今もまだ・・・
ボランティアを呼ばないところも、呼べないところもある。
家屋
などの取り壊しは、業者がやるとしても、ガレキの撤去はやはり人の手が必要です。
被災地の皆さん、そして自治体は、もっと声をあげてください。
どうも、私もボランティア参加をしていて違和感があるのは、
NPOなど、ボランティアを取り仕切っている団体は、
「決まったところ」でしか活動をしてない感じがするんです。
南相馬市編でも書きますが、基本的に「依頼」があって、行動を始める。
依頼のないところは、「そのまま」でいいんだろうか、と。

その解消のためには、やはり自治体がドンドン動いて、
営業じゃないけど、
避難所に出向いて、現場を写真で見せるなり、連れて行くなりして、現況を把握してもらい、
どうするかを決めてもらうことです。
「取り壊し」か、「維持」かを決めるだけでも、
「その先」の行動が決定できるし、応援を頼むこともできるはず。
この状況において、「待つ」ことは犯罪と言ってもいい。
「待つ」ことが許されるのは、被災者のみと知ってほしい。
一日も早い復旧のために・・・
「オンコロコロ センダリ マトウギソワカ」
・・・
前回は勿来までしか行かなかったので、
その北部、「いわき市四倉(よつくら)」付近を通ったとき、
いまだ残されている惨状を目の当たりにしたので、
今回は「四倉編」です。

まずとにかくびっくりしたのは、コレ。


いくら海のすぐそばとはいえ、普通に道路から5mはあろうかという高さの道路標識すら、
こんな状態に。

ただ、この近くも含めて、南相馬市までの間で、壊れていたのはここだけなので、
波だけでこうなったというよりは、
船
か車
か何かがぶつかったのかな、という感じはします。
とにかく、あ然とするほかありませんでした。


自然の驚異は人間の想像をはるかに超えるようです。

ここは、波立(はったち)海岸。
波立薬師の前の弁天島へ通じる橋ですが、その途中も壊れてしまい、

さらに、この橋への通路も、国道6号線のトンネルのすぐ脇から行けるようになっていたものが、
完全に塞がれていて、行くことはできませんでした。

この島のさらに突端に鳥居があります。

この反対側に波立薬師があるのですが、
そこの案内板に、1行目に書いた「おまじない」
が書いてあります。
唱えると、身も心も安らかに暮らせるようです。

もう少し先の、道の駅の辺りまでの間では、船
が何艘(そう)も打ち上げられていて、修理して再びのれるようになるのかすら、解りません。

かろうじて流れないようにつなぎとめられただけの船
が、朝焼けの中、自らの存在を、堤防がなくなり、
目の前が開けてしまった海に訴えるように、
その身を大きく揺らしていました。
またいつか、仲間の船
と一緒に漁に出られるように・・・
・・・「政治家」じゃなくて、「政治屋」。
この言葉の持つ意味を、胸に刻んでもらいたいですね、議員連中には。


視察に来るなら、被災者の声のあるところに行け。


こんなところにだって、「声」はあるから。

・・・蛇足だけど、「・・・っペ」って、茨城でも千葉でも使いますよね。

ある意味、親近感があるな、と。

南相馬市への迂回路を行っていた時も、

「何か、道の感じから、風景から、房総の道にそっくりだな」
とも思っていたし。


そして、やはり、震災から約3ヶ月後の今もまだ・・・
ボランティアを呼ばないところも、呼べないところもある。
家屋
などの取り壊しは、業者がやるとしても、ガレキの撤去はやはり人の手が必要です。
被災地の皆さん、そして自治体は、もっと声をあげてください。

どうも、私もボランティア参加をしていて違和感があるのは、
NPOなど、ボランティアを取り仕切っている団体は、
「決まったところ」でしか活動をしてない感じがするんです。

南相馬市編でも書きますが、基本的に「依頼」があって、行動を始める。
依頼のないところは、「そのまま」でいいんだろうか、と。


その解消のためには、やはり自治体がドンドン動いて、
営業じゃないけど、
避難所に出向いて、現場を写真で見せるなり、連れて行くなりして、現況を把握してもらい、
どうするかを決めてもらうことです。

「取り壊し」か、「維持」かを決めるだけでも、
「その先」の行動が決定できるし、応援を頼むこともできるはず。
この状況において、「待つ」ことは犯罪と言ってもいい。
「待つ」ことが許されるのは、被災者のみと知ってほしい。

一日も早い復旧のために・・・

「オンコロコロ センダリ マトウギソワカ」