3/13から実家
の復旧作業開始。ガソリン
を気にしながら、いったりきたりでしたね。そんな訳で、
親父たちとは一緒に行動できる程、ガソリン
の余裕が無いこともあり、結果的に彼らが帰ったあと、
夜の仕事がなくなったときは1人残って、8時くらいまで作業を続けたりしながらの毎日でした。
何かこう、やればやるほど、ここもそうなんじゃないか、あそこもそうなんじゃないか、と気がついていき、
なかなか進まない状況でしたが、タンス
、冷蔵庫
、机
、畳
など重いものから軽いものまで
色んなものを運び出し、
5cm位積もった辺り一面の泥を掻き出し、床板、その下の折れてしまった垂木、基礎部分が
やられてしまった箇所の壁などを取り払い、まずはほとんどのものを外に。
結局水は家
の外で1mくらい。中で70cmくらいだったので、中の下半分は家
を建てたばかりか、
建てる途中くらいの勢いで綺麗サッパリ何も無いくらいに。
垂木、床板、壁の下の方をとった感じ
1番目の写真の部屋は自分1人で全部とったのですが、3番目の写真の部屋は板も再利用する
(お金
が無いので)とのことで、やっぱり、全部壊していい、というのと違い神経を使う分難しいなと。
3番目の部屋の床は結局半分親父がやってました。(ま、年はとっても職人なので、そこは手馴れてるし、
コツも心得てるので
)
因みに、この垂木の下にも泥は積もっていて、金属の熊手みたいなもので、掻き出してました。
家全体の泥だけでも100kg近くはあったように思います。
この後、この垂木などに親父が防腐剤をかけて、ダメージを最小限にとどめ、再利用する準備をしてました。
(これがかなりの匂いなんですが
)
結局、震災のダメージを負った家
にまた住むという選択をしなければならない両親の心的な負担を考慮して、
震災に関係ない部分も綺麗にして、少しプラスの部分を作って、少しでも住み心地のいいものに
してあげよう、ということで、窓サッシ
や電子レンジ
など、水に浸かってないものや、風呂
のドアなど、
30年来のたまった汚れも落としにかかり、震災から3週間が過ぎ、今ではそれなりの綺麗さを取り戻しました。
の復旧作業開始。ガソリン
を気にしながら、いったりきたりでしたね。そんな訳で、親父たちとは一緒に行動できる程、ガソリン
の余裕が無いこともあり、結果的に彼らが帰ったあと、夜の仕事がなくなったときは1人残って、8時くらいまで作業を続けたりしながらの毎日でした。
何かこう、やればやるほど、ここもそうなんじゃないか、あそこもそうなんじゃないか、と気がついていき、
なかなか進まない状況でしたが、タンス
、冷蔵庫
、机
、畳
など重いものから軽いものまで色んなものを運び出し、
5cm位積もった辺り一面の泥を掻き出し、床板、その下の折れてしまった垂木、基礎部分が
やられてしまった箇所の壁などを取り払い、まずはほとんどのものを外に。
結局水は家
の外で1mくらい。中で70cmくらいだったので、中の下半分は家
を建てたばかりか、建てる途中くらいの勢いで綺麗サッパリ何も無いくらいに。

垂木、床板、壁の下の方をとった感じ
1番目の写真の部屋は自分1人で全部とったのですが、3番目の写真の部屋は板も再利用する
(お金
が無いので)とのことで、やっぱり、全部壊していい、というのと違い神経を使う分難しいなと。
3番目の部屋の床は結局半分親父がやってました。(ま、年はとっても職人なので、そこは手馴れてるし、
コツも心得てるので
)因みに、この垂木の下にも泥は積もっていて、金属の熊手みたいなもので、掻き出してました。
家全体の泥だけでも100kg近くはあったように思います。

この後、この垂木などに親父が防腐剤をかけて、ダメージを最小限にとどめ、再利用する準備をしてました。
(これがかなりの匂いなんですが
)結局、震災のダメージを負った家
にまた住むという選択をしなければならない両親の心的な負担を考慮して、震災に関係ない部分も綺麗にして、少しプラスの部分を作って、少しでも住み心地のいいものに
してあげよう、ということで、窓サッシ
や電子レンジ
など、水に浸かってないものや、風呂
のドアなど、30年来のたまった汚れも落としにかかり、震災から3週間が過ぎ、今ではそれなりの綺麗さを取り戻しました。


