東日本大震災441 (被災地の今;旭飯岡編32)
写真は、いつもと変わりません。活気を取り戻す、なんて、その活気が、そもそも震災前にも、なかったし。15年の今日は、偶然、休暇になったので、それなら、と。昨年、とうとう、被災した家も、手放した事で、それから初めて、今どうなってるかも、見に行って。そこには、そのままの家の姿に、新しい生活が、既に馴染んでいました。家は、作り直すか、手を加えるだろう、と思っていたので、少々意外でしたが、その家に、まあよかったね、と別れを告げてもきました。こうやって、少しずつ、部分的には、変わっていくけ ど、大半は、何も変わらない。直後から数年間は、がれきの撤去とかも、終えてから、ある程度は、変化も、していたけど、そこから先は、ほとんど変わらない。あの時に3歳位なら、ある人は丁度、働き始める頃。震災遺構も、やっぱり維持の話も、出てきてるみたいだし、何も知らない人が、増えていくのだろう。でも、ある部分では、その方が、よいのかな、とも思う。いつまでも、引きずってる訳じゃない、いつまでも、辛い、悲しい訳じゃない、ただ胸に貼りついて、全然剥がれないだけで。そうじゃない人、知らない人は、何かを変えていけるのかも、しれないし。私はまだ、下しか、後ろしか、向いてないし。 海と空は、震災なんて無関係、と言わんばかりの、綺麗さで、それが、どんなに綺麗でも、貼りついた黒は、綺麗に流れていかない。まあ、泣く以外に、何もできないのだけど。