TVでヒーローものの番組を観て興奮する息子。
すると父親も反論した。『ヒーローが、5人ががりで怪人を倒すなんて卑怯だよ!パパはもっと強かったんだぞ。一人で次々と化け物みたいなボクサーを倒して、世界チャンピオンになったんだからな。サミー!かっこいいのはどっちだい?』
しばらく考え込んだ息子は、父親に抱きつくとこう答えた。
『やっぱ、パパの方がかっこいいや!』
数日後のある夕方。仕事を終え帰宅した父親に、息子が涙目で飛びかかってきた。
『パパの嘘つき!学校で皆に話したら、<フレディ・マーフィーは世界一のチキン野郎=臆病者>だったってからかわれたよ。試合当日、熊みたいな挑戦者から逃げ出して、ベルトも剥奪された腰抜けだって!僕、もう学校に行けないよ、パパの子じゃなかったら良かったのに・・』
そう叫ぶとサミーは、自分の部屋へと駆け込んでいった。そんな息子を母親は、心配して追いかけようとするが、それを父親が制止した。
『いいんだよ!これで』『でもそれは事実じゃない話だわ。あの試合は医師から網膜剥離の疑いがあるからって、ドクターストップがかかって棄権したんじゃない!』
『でもその医師はなぜか?姿をくらまし、その後の検査では異常がないのが発覚。俺はそんなマスコミや世間に嫌気がさし、叩かれるまま引退・・逃げたって言われても仕方のない事だよ』
『でも真実は伝えないと・・』
その日以来、サミーは不登校を続ける毎日が続いた。しかし父親はいづれ、彼が立ち直ってくれることと信じていた。そう・・彼ならきっとまた、あのキュートな笑顔をみせてくれるだろうと・・。
そんなある日の出来事。『大変よ!今すぐ病院へ直行して』
町の修理工で働く父親のもとへ、妻からそんなTELがかかってきた。
幸い、息子は軽傷ですんだ。例の件が原因で、町の不良どもと喧嘩をしたのだそうだ。
夕暮れに染まる自由の女神像を見つめながら、ベンチに腰掛けるフレディ。
『我に勇気をお与え下さい!』
そう呟くと彼は家族のもとを離れた。そして一ヶ月、二ヶ月、半年が過ぎていった・・。
九月のラスベガスのタイトル戦。『強すぎるチャンピオン!またも秒殺KOだ』
実況席では興奮して吠えまくるアナウンサーの声が響き渡る。
今や国民的ヒーローとなった王者、マイケル・ハドソン。そんなリングへと、汚らしい黒いフードコートを頭からかぶった一人の男が、急にマイクを掴んだ。
『おいヘボ王者、誰の挑戦でも受けるってTVでほざいてたよな!?次は俺と戦え!これはNY行きのチケットだ。3月に待ってるからな』
その瞬間、男がフードを外すと、観客も実況席もただ唖然とするばかり・・。
『あ、あの負け犬、フレディ・マーフィーです!』
一度は驚いてみせた王者だが、すぐにハナで笑った。するとフレディが王者に殴りかかったその直後、二人は大乱闘を始めた!それは次のタイトルマッチが決定した瞬間でもあった。
すべてはまさに彼の思惑通りの結果に・・。
試合当日のNY。控え室ではフレディが妻へとTELをかけていた。
『しばらく連絡できなくて、すまなかった。山にこもってたから・・。これは俺の戦いじゃなく、サミーの為の戦いなんだ!観ていてくれ、ブザマな姿は見せないから』
『今すぐやめて、殺されるわ!引退して何年経ってると思ってるのよ!?20年よ!』
そこで音信は途絶えた。そして男はリングへと向う。そう、彼は息子への償いと失われた誇りを取り戻す為に・・。
一週間後のセントラルパーク。氷の張った池では、スケートで遊ぶ家族連れの姿が多く見られる。
『パパ!その包帯をはずしてよ。それじゃ、誰もパパがあの偉大なる世界チャンピオン、フレディ・マーフィーだなんて気づかないからさ』
NYが夕日に照らされた頃、そんな息子の手を握った父親はこう答えた。
『それはできない相談だな。もし俺がこれをはずしたら、誰もがこのボコボコに殴られた顔を見て、化け物だって叫ぶから、すぐにGレンジャーが飛んできて倒されちゃうからね』
マンハッタンの夜空に、星たちが笑顔を浮かべ踊り出した頃、父親と手をつなぎ歩く少年の姿がやけに誇らしく見えていた・・。
