「RASERS」新刊購入! | エディ's ホビー道

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なぜか昔からバイクのレースが大好きだった。
中学生の部屋にはアイドルのポスターが相場の時代、なぜかWGPのカレンダーが貼られていた。
当時はケニーとフレディのちょい前・・・ウンチーニがチャンピオンになったころか?ま、年度などは適当に
合わせていくので気にしないで(笑) その後ケニーとフレディの壮絶なるチャンピオン争いが始まるのだが、
あの頃はどうやって情報を得ていたのか?いまだに謎である。
 
その後、高校時代に「バリ伝」がブレイク。その頃にはWGPではガードナーやローソンがチャンピオンシップを
争っていたと思う。大学ではサイクルサウンズが愛読書となり、レーサーレプリカ全盛を体験することになった。
 
あの頃は平や八代がWGPに参戦するもなかなか勝つことが出来ずに悔しい思いをしたものだ。その後は
空白期間があったがテラカラーにのった清水が久しぶりの日本人ライダーとしてWGPに参戦するが、これも
なかなか勝つことが出来なかった。その後、上田、坂田、伊藤、岡田、原田、宇川、青木兄弟と続々日本人
ライダーがWGPの各カテゴリーに参戦し大活躍を始めていく。125クラスなどは表彰台を日本人が独占する
時代が何年か続いていく。250でも平の最終戦での優勝を皮切りに、全日本のチャンピオン争いをしていた
岡田、原田、青木が同時参戦し、なんと1年目で原田がチャンピオンを獲得するのだ。
当時はWOWOWでWGPを全戦放映していたのでそのために契約をして応援していたのです。
毎レース表彰台では、125と250で君が代が流されていたのです!ナショナリズムばりばりでしたよ(笑)
 
このとき原田はYAMAHA YZRをライディングしていたが、その後アプリリアに乗るマックス・ビアッジとの
因縁の闘いが始まるのです。当時のアプリリアは直線番長で、あのHONDAですらアプリリアに負けて
いました。コーナーリングマシーンのYZRでいくら頑張っても原田はビアッジに勝てず、連続チャンピオンを
奪われるのです。原田は「俺はビアッジに負けたんじゃない!」といつもインタビューで吠えてましたね。
そんな全日本から蜜月だったYAMAHAと決別しアプリリアに移籍したのも、同じ条件ならおれが一番!
という原田の意地だったのだろう・・・しかしワークスとプライベートの壁は厚く、最強マシーンに乗り換えても
原田はワークスのビアッジに勝てなかったのです。その後勝ちまくったビアッジは500にステップアップを
はかり、その空いたワークスに原田が移籍・・・そのワークスアプリリアをライディングした原田が表紙の
「RACERS」・・・最強マシーン・アプリリアRSRの特集です!※はぁ・・・長かった(爆)
 
この「RACERS」シリーズ・・・なんとNo.15なのです!1冊¥1000ですからね・・・いまからじゃ買えません!
毎号購入していたのでコンプリートしていますが、WGP好きそしてバイクレース好きには堪らないムックなの
です(笑)よくぞこんなマニアックな本を季刊化してくれたものだと感心します(笑)最高です!
 
さて、最強アプリリア・ワークスに移籍しこれで敵なしかと誰もが思った原田でしたが・・・なんと天才ロッシが
250にステップアップ、しかもワークス・アプリリアに乗るのですから運がない・・・まさに悲運の天才ライダー
だったのです。その後チャンピオンを獲ることなく500にステップアップした原田でしたが、その煌めきを
発揮することがも出来ず平凡なレースに終始・・・WGPからフェードアウトしていったのでした。