この時期地方の新聞に小中高教員と教育委員会の人事異動が発表される。見出しのようなことについて、教職35年のベテランにきいてみた。

 

 若いころは、そんなものは無いと思ってやってきたが、どうもおかしい教員がいる。

 

例を挙げると

 本人の希望通りの人事が行われる⇒これのどこが問題かというと、普通人事希望はなかなか本人の希望が認められることは少ないが教育委員会人事課(都道府県で名称違う)の辞令通りに異動する。

 小中高の各学校の業務量や保護者からの突き上げ(怪物保護者の対応など)の分量と質は同じではない。中学なんかは地域差が激しい。分かりやすく言えば、平和な学校とそうでないところがある。もっと言えば高校などは偏差値(学力)で輪切りにされているので学力の高い生徒の問題がほとんど起こらない学校と、問題ばかり起こって教育の意義ややりがいが全く感じられない学校もある。つまり楽な学校と非常につらい学校がある。教員生活の中でいろんな学校を全教員が、まんべんなく平等に異動したら不平は出ないが、教育が困難な学校ばかり勤務する教員(中には少数ながらそういう学校が好きな教員もいるが)と楽な学校しか勤務しない教員がいる。これは学校でなくとも民間会社や官庁でもあるかも知れない。なぜか楽な学校ばかり勤務する人には探ると親や身内に有力者がいる。

 

 真面目でいい人で学力も能力も優秀なのに何度、教員採用試験を受けても落ち続ける。あるいは一次選考は通るが二次選考で落ちるのがずっと何年も続いている。ある人が絡んでいて、○月△日におこなわれる議員の●×先生のところの新年会に行っているメンバーは採用試験一発で本合格する。300万とか100万というような噂もある。これも会社と同じだろうか。組織にはありがちなことか?

 

 一生懸命努力して教頭になった人がずっと教頭のままで退職する。なぜか教頭になった人がすぐ校長になって退職する。これも官僚などではつねによく聞く話だが、力のある、力が使える校長は高額の収入や退職金がまたもらえるところに天下る。別にこれは現代では問題でも何でも無くて官吏なら正当な現象であって、そうでない者のひがみか。

 

 能力も無く、信頼もないのに教頭になった。今度の人事でなんと校長になった。若いときは校長の年齢が自分よりずっと上なので分からなかったが、もう自分も定年前なので同じような年齢の者が校長になっていくが、あまりにひどいのが校長になるのでびっくりするというかあきれる。

 「能力や信頼はそれを評価する人によって変わるので一概に判断できない」と言う見方もある。

 「官吏がしっかりしていれば王様はバカの方がいい」とか「頭が悪い人がボスになると、能力が無いくせに改革や親分面をしようとするので困る」という見方もある。

 

 官僚や会社役員の中ではよく聞く「コネ・人脈・天下り」だが、けがれてない清い心持つ児童生徒達に直接かかわる教員の世界もこの宿痾に蝕まれているとは残念な話だ。

 

 教員や警察官、公僕は一部の人が悪いことをすると覿面に話題になるが、ほとんどの教員は真面目に子供と関わって、情熱を注いでいる。そもそもお金を儲けようとしている人は教員なんかにならない。と、思いたい。

 

 最後にベテランに尋ねた、

 

 それで、結局、教員の人事や採用にコネ・人脈はあるんですか?

 

 あります。