アメーバが1年前の記事をリマインドしてくれるようになりましたね。
ブログってその時々のテンションで書いているので読み返すと本当に「なんじゃこりゃ?」と思うこともあったり面白い。(ちなみにプライベートなことをかなり掘り下げて書いてる記事は3か月ぐらいしたらアメンバー限定にしています。あんまり意味ない気もするけど。)
今日は「価値観の違い」続編を書いてみます。テーマは「お金の使い方に関する価値観の違い」です。
夏帰省したときに、母との会話に出てきた「節約おばさん」の話。
そのおばさんは、母の義姉。つまり母の兄のお嫁さん。
彼女は自他共に認める節約おばさん。とにかくやることなすこと「いかにコストをかけずにやるか。ムダな出費を出さないか。」が人生のテーマとも思える暮らしぶり。幼かった私でもそれを感じたぐらいだからよっぽどだと思う。
子供達(私の従妹たち)が小さいころも特に習い事をさせるでもなく、どこかへ旅行したという話も聞いたことがない。賃貸の家もとても質素。彼女はパートでちょこちょこ働いていましたが、お弁当屋さんで働いていたときは「家族の夜ご飯のおかずをもらえるから助かる」と嬉しそうに言っていて、それを聞いた母は驚いている様子だった。
公務員の夫が退職したらすぐにこじんまりとした新築を立て(ローンなし)、今はそこで夫と犬と暮らしています。自分の両親の介護もきっちりとやりとげました。
現在、母と節約おばさんは地域のスポーツセンターみたいなところでよく顔を合わせるらしい。その様子がとても若々しくて喜々としているんだって。
「髪もきれいに染めていてね。公務員家庭だし、共済年金もちゃんと入ってくるから余裕があるっていう感じ。元気そう。」
だそうです。母のその言い方が、ちょっとトゲがある感じというか「あらあら、母さん、嫉妬してるんじゃない?」という雰囲気なんだけど(笑)。ただ、私の母と節約おばさんには何の接点もないし、価値観がまったく違う人達なのです。
「アリとキリギリス」の話があるけれど、母は「キリギリス」型。色々なことに興味があって、趣味も沢山。ちょっと高いお芝居も、本当に観たいと思えば飛行機に乗って見に行くこともあった。海外旅行もしたし。もちろん私と兄の大学の学費も出してくれました。ミドルクラスの範囲内で、ちゃんと責任は果たしつつ、贅沢はしなくても(こうやって書くと十分贅沢だけど)生活の中には色々な色がある感じで。
一方節約おばさんは、「アリ」型。いかに無駄な出費を抑えるか、ということを常に考えて、子供達の教育も義務教育で十分という感じ。パスポートも作らない人生。趣味があるわけでもなく、パートをこつこつ。人付き合いも最低限。
そりゃ老後の蓄えに差が出るのは当たり前です。
しかも私の実家は自営業。母も老後は国民年金だけしかもらえないのはわかっていることだったんだけどね(父はまだ好きで現役してますが)。あんまり蓄えにはフォーカスしていない雰囲気でした。一方節約おばさんは、おそらく蓄えもある上に公務員としての共済年金も入るから、そりゃお金に余裕があるわけだ。
だからといって、母に節約おばさんのような生き方ができたか、というとそれは無理だったと思います。それは母もよくわかっているから節約おばさんのことを心底嫉妬しているというわけではもちろんないのです。ただ、ちょっと隣の芝生が青くみえるだけなんだろうな。人間だから。
節約おばさんみたいに、先を見据えて節約を頑張っている人には、ちゃんとお金には困らない安定した未来が待っているんだろうと思う。きっと「あ~〇〇さんの家みたいに温泉旅行に行ったりしたいな」とか思うこともあると思うけれど(これまた「隣の芝生は青い」せいで)、節約が人生の大きな柱になっている人にとっては結局何をしてもお金のことばかり考えてしまうだろうから、贅沢をしても心底楽しめないというのもあるだろうし。
母は今体が思うようには動かなくなったし、便通のコントロールが難しい持病もあるので遠出はできません。だからもうあれこれ好奇心にまかせて動き回ることはできなくなってしまったのが現実。海外旅行もおそらくもう無理ね…と言っている。植物を育てたり、本を読んだり絵を描いたりするのが好きなので、お金をかけずに余生を楽しめている感じ。
結局その人はその人の思うように生きるのが一番。
時々周りをみて「あれ?あっちの方がよさそう。」と思うことがあっても、「でもやっぱりこっちの方がいいや。こっちでいいや。」と思えたら、その人は幸せな人生を生きているんだろうと思います。