朝鮮の兵士たちは日本の兵士たちに気勢をそがれてやられてしまいました。

朝鮮はそれまで平和が続いていたので軍隊の力が弱くなっていて、武器もたいしたことなかったからです。

朝鮮とは違い、日本は各地方の将軍たちが兵を挙げ、勢力争いをするのに強い軍隊を持っていました。

朝鮮軍は日本軍を押さえるのがとても大変だったそうです。


幸い海では、朝鮮軍が倭軍に勝っていました。(なぜここだけ「倭」なのかな?)

朝鮮水軍を率いた人は、まさに、イスンシン将軍でした。

イスンシンは長い間北の国境を守っていましたが、壬申倭乱が起こる少し前から、海を守る水軍の責任者に任命されたのです。

早くから日本の動きを見抜いていたイスンシンはあらかじめ兵士たちを訓練し、船と武器を準備しておいたそうです。

全羅道の海を守るイスンシンの水軍は日本軍を鉄桶のように(韓国語表現:鉄壁の守り?)守り抜きました。




えだまめ:

イスンシン将軍は、韓国の誇りです。とても敬愛されています。


日本の学校の校庭にはかつて二宮金次郎の銅像があって、貧しくても勤勉に働き勉強することをこどもたちのお手本としたように、

韓国のおそらくすべての学校や、あちこちの公園には、立派な台座つきのイスンシンの大きな像があって、(日本から)国を守ることの大切さを教えてくれています。


東郷平八郎の銅像が日本の校庭に立っていると思えばよいでしょうか?

薩摩の西郷さんとか、仙台の伊達政宗とか・・・・・。