ベンチプレス50(kg) - 2(回)、 30(㎏) -10(回)-5(回)


ハーフデッドリフト   70-10-5-5、50-10-10


スクワット 50-10-10-10


アブドミナル49-20、35-10



人の少ない早朝にジムで筋トレ。
10年ぶりかっていうくらい、久しぶりにフリーウェイトでの筋トレをした。恐ろしいほど持ち上げられなくなっていた……。
年齢もあるかもしれないが、運動不足と不摂生な食生活を積み重ねた結果だろう。


20代の頃とくらべて、
肉体的な衰えもさることながら、肉体を鍛えることへの意欲の低下が感じられた。(バーベルを持ち上げている最中に、肉体が疲労するよりも前に、”これをやったところでいったい何になるんだろう……”みたいな心の中でのツッコミが入り、虚しさに襲われる瞬間があった。)


20代の頃のモチベーションは、体を鍛えることで、「体がガッシリ引き締まって、ファッションもキマるし」的な”カッコつけたい!精神”や、「取り組んでいる仕事やスポーツでのパフォーマンスを向上させられる!」「精神的にも肉体的にも強くなり、高みを目指している自分!」……みたいな、今振り返ると、表向きには綺麗事のスローガンを掲げていながらも、本心は俗っぽさ&他者と自分を比較しての競争意識のような、しょーもない原動力で取り組んでいた気がする。(当時は、その若さゆえ?の”欲”の力で、ベンチプレスならば、120㎏をあげられるくらい体を鍛えることができていた。欲の力はすごいなと思いつつも……若干気味が悪い。)


(テレビなんかで)よく、スポーツ選手が笑顔で「自分は負けず嫌いなんで!」なんてコメントをしたり、勝ち負けにこだわる(執着している)姿や、自分の掲げる理想に向けて「~ねばならない」とマイルールを自分にたくさん課した日々をすごしている姿を、まるで美徳のように扱う雰囲気があるが、そういう雰囲気にとても違和感を感じる。


他者よりも勝っていたり、”優れた存在”でいないと、落ち着かないなんて、全然、精神的に健康であるとは思えないし、ある種の偏りを感じてしまう。


★「スポーツマンシップ」と「体育会系のノリ」の違い

また、「日本的な古くさいスポーツマン像」や「体育会系的な考え」を支持している人たちが、日本人的な”勤勉を美しいこととする雰囲気”と絡めて、体育会系的な偏った思想や言動を”よきこと”とするんだろう。(……そもそも自分は、“スポーツマンシップ“は好きだが、“体育会系ノリ“はすごく嫌いだ。①すぐに上下関係をつけたがって立場の弱い者にマウンティングしようとしたり、逆に立場が上の者には安易に仰向けになって腹を見せて服従したりするところ。※そもそも”自分の考え”なんてもっていないことが多い。②安易に集団の考えに同調し、従わないものには圧力をかけるところ。陰湿で排除的な雰囲気。③やたらと「~ねばならぬ」が多く、自分だけでなく他者にもその考えを押し付けるところ)


……ついつい、体育会的なモノへの不満が溢れまくってしまった…………。


その一方で、スポーツの世界にも、素敵だと感じる方々もいる。そういう方たちの話を聞いていると、共通して感じるのは、その種目を楽しんでいるんだなあーということ。一つのことを楽しみ続けるってことは、とても大変なことだと思うけれど、その方その方によって、工夫して、内発的な動機付けを持ち続けているように感じる。


https://www.oricon.co.jp/confidence/special/51593/

 

 

 

 




子供の成長において、外発的な動機付けではなく、
内発的な動機付けが大切だとよく言われているが、そのことは、大人にとっても大切なことだと感じた。


自分がする、トレーニングにおいても、
外発的な動機ではなく、内発的な動機付けで、(多少効率性が落ちようとも)楽しんで行えるように工夫しようと思った。