晩酌をしていたら、ちゃぶ台の下からぬっと現れ、ビールの缶を見つめている。

昨年の夏の連休。家の外にイーゼルをぽいっと設置し、
大きな画用紙に向かってノープランでぼんやりと椅子に座りながら、テレビもインターネットも遮断した静かな心地よい空間でボンヤリと過ごした贅沢な時間。
クレパスで「風景の絵を描く」という縛りだけ決めて、あとは何も決めず、なんとなく描いた絵。





まだ絵は描き途中の状態。
写実的に描いたり、画面全体の色彩や形のバランスを考えながら……みたいな、大人になって身に付けたしょーもないテクニックや感覚を、あんまり気にしないようにして、ゆるーいキモチで描こうとした(でも、どうしても中途半端に身に付けてしまったことは抜けない。結果、すごく中途半端な稚拙な絵になったが、あらためて、勉強になった。)

大人になっていろいろ身に付けた今の自分でありながら、子供のような自由気ままさを、今の自分がどんな感じでできるんだろうと思って挑戦?してみた。(なかなかうまくできないけど、なかなか面白かった)



描いた時にもっていたイメージとしては、
すごく天気良い、明るい日の中に、忘れ去られた、90年代始め頃に建てられた派手なんだけどどこかチープな海辺のアパート。老朽化したその建物の周りには、ブラウン管のテレビや冷蔵庫、海風にさらされて錆び付いて?色付いた、一昔前に大衆的に流行った軽自動車。

時代とともに飽きられて、忘れ去られた物たち。そこに、海の水が少しずつ侵食してきている。

どこかわからないけれど、忘れられた廃墟のような海辺の場所。人は来なくなっても、毎日波は流れてきて、夏なので今年も元気な向日葵が咲く。

……というような、漠然としたイメージが浮かんできて、クレパスを動かした。


形になってくるにしたがって、さらに別のイメージがぼんやりとだけれども浮かんできた。

人に忘れ去られた静かな(場合によっては寂しい)空間だけれども、
そこになにか、
静寂だけれども、生き生きとした何かが生活している風景。というイメージ。


ただ、本当に生き物や、人物を描いたら、その人物や生き物の存在が画面の中で強くなりすぎてしまうような気がして、

まず初めには、忘れ去られた廃墟のアパートのガラスの中に、楽しそうな人たち?(または擬人化された動物たち)のシルエットだけを描こうと思い付いた。窓ごしに見える存在ならば、ちょうど良いような気がした。

でも、実際に描いてみたら、あまり納得いくイメージにならなかったので、別の方法を考えた。


その後に思い付いたのが、海の水を擬態化させるというアイデア。水が「たまたま、その瞬間に何かの生き物の形になったというだけかもしれない」というくらいの主張がちょうどよいように思った。


手前の一番目立つ所には、普段目立たない、小さな生き物(カニ)に擬態化した海の水を。

遠くの目立たない所には、巨大なクジラに擬態化した海の水を加えた。

その後、どうしようと考えを漂わせたけれど、ちょうどよく次のイメージに着地することはできなかった。
完成というきもちにはならなかったので、自分の中では途中の絵だけれども、
存在を忘れてしまわないように、とりあえず家の壁に貼っておいた。