◎ 2018年7月14日~15日 晴
メンバー えだ1(嫁)と2人
7月13日の朝、急遽ボランティアに行くことにしました。
災害ボランティアで検索すると高梁市が頭にありました。
滝でもお世話になっているので決定。
<7月14日(土)>
朝から車を走らせて高梁市の市役所に駐車。
えだ1は体調が思わしくないということでお留守番。
準備を整えて福祉センターに行きました。
9時から受け付けのところ10時くらいに到着。
もう大きな災害が起きませんように願うばかりです。
ほな、またお逢いしましょう。
― おしまい ―
メンバー えだ1(嫁)と2人
7月13日の朝、急遽ボランティアに行くことにしました。
災害ボランティアで検索すると高梁市が頭にありました。
滝でもお世話になっているので決定。
<7月14日(土)>
朝から車を走らせて高梁市の市役所に駐車。
えだ1は体調が思わしくないということでお留守番。
準備を整えて福祉センターに行きました。
9時から受け付けのところ10時くらいに到着。
最初の集団は出払ったようで数名しかいなかった。
登録して待つこと10分、巨瀬町の土砂崩れの募集がかかったので即、名乗りを上げた。
6名の募集に11名が集まり現地で閉塞感を味わうのは嫌だなと思いつつ3台の車で現地に向かう。
同乗させていただいたのは小豆島から軽トラで単独、駆け付けた若い消防士さん。
リーダーになっていただいた。
どちらも土地勘がないので自分がログをとって先導車の後を追いかける。
2シーターの車内で自己紹介。
現地に着いたが一見何の問題も無いように見えた家も裏に回ると斜面からの土砂が風呂を埋めて家の中も水浸しだったようだ。
ご主人の意向を聞いて早速、土砂をスコップで掘り土嚢袋に入れる作業を4人で繰り返す。
閉塞感が無くて良かった。
当初、リーダーは「20分作業して10分休憩しましょう。」と言っていたので声がかかると思いきや何もなかった。
各々が考えてと言う事だったのか。
腕時計を持ってくるのを忘れていたのでいちいち携帯電話をウエストポーチから出すのもどうかと思うし・・・。
おりしもこの日は最高気温が37℃だったようだ。
炎天下の中で徐々に頭がぼんやりして意識が遠のくところでヤバイと思い仲間に声をかけて休憩を促した。
あとで聞くと何人かは同じ症状だったようだ。
熱中症の初体験になるところだった。
昼休みはその家の方が何度も座敷に上がれと言うのでむげに断るわけにもいかずくつろがさせていただき何かとご馳走になった。
昼からも同じペースでしたが影になるところが多く少しはましでしたが汗の量は半端ではなかった。
2時半ごろにはご主人の要望通りになり切りよく作業が終わって良かったと思った。
少しでも作業したいという気持ちの方が多いと思うのでリーダーは時間を見て強制的にでも休憩させた方が良いと思った。
車に戻って首にかけていたタオルを絞るとボタボタと汗が落ちるのは驚かなかったがウエストポーチの中もべたべたで財布の中のお札も完全に濡れていた。
生活の知恵で雑誌に一枚ずつはさんで車中の尻の下に敷いておいた。
お留守番のえだ1に申し付けていた我らの3点セットの「風呂」、「居酒屋」、「道の駅」もそつなく段取りしていてくれて風呂に入り居酒屋でご馳走をいただき代金はちょっと湿っていたが雑誌に挟んでいたお札で支払った^^
そして車中泊の為に道の駅「かよう」へ
<7月15日(日)>
この日は受付の9時前に入りすぐに召集のかかった松山地区に向かった。
えだ1は支援物資の仕分けに向かった
松山地区は「備中広瀬駅」のところでタンクローリーが流されて線路を塞いでいる映像でも知れられているところらしい。
自分は知らなかったのでこの光景を実際に見て水の恐ろしさをまざまざと感じた。
ここにボランティアのサテライトがあり男5人で今は引いているが1階が完全に浸かった一軒のお家の土砂を取り除きながらゴミ運搬車に仕分けしながらゴミを乗せる。
ここのご主人は努めて明るくしていたがさぞかし辛いはずだ。
最高気温は36℃だそうだがたまに吹く風と昨日のしんどさのおかげですこぶる円滑に作業ができた。
鳥取から来た二十歳そこそこの初ボランティアの男性は朝一は元気だったがみるみる元気が無くなってきたように思えたので率先して休憩を入れてあげた。
2件目はその若者2人と次のお宅で土砂の搬出にいそしんだ。
ここも切りよく依頼された内容をこなせたので気持ちが良かった。

登録して待つこと10分、巨瀬町の土砂崩れの募集がかかったので即、名乗りを上げた。
6名の募集に11名が集まり現地で閉塞感を味わうのは嫌だなと思いつつ3台の車で現地に向かう。
同乗させていただいたのは小豆島から軽トラで単独、駆け付けた若い消防士さん。
リーダーになっていただいた。
どちらも土地勘がないので自分がログをとって先導車の後を追いかける。
2シーターの車内で自己紹介。
現地に着いたが一見何の問題も無いように見えた家も裏に回ると斜面からの土砂が風呂を埋めて家の中も水浸しだったようだ。
ご主人の意向を聞いて早速、土砂をスコップで掘り土嚢袋に入れる作業を4人で繰り返す。
閉塞感が無くて良かった。
当初、リーダーは「20分作業して10分休憩しましょう。」と言っていたので声がかかると思いきや何もなかった。
各々が考えてと言う事だったのか。
腕時計を持ってくるのを忘れていたのでいちいち携帯電話をウエストポーチから出すのもどうかと思うし・・・。
おりしもこの日は最高気温が37℃だったようだ。
炎天下の中で徐々に頭がぼんやりして意識が遠のくところでヤバイと思い仲間に声をかけて休憩を促した。
あとで聞くと何人かは同じ症状だったようだ。
熱中症の初体験になるところだった。
昼休みはその家の方が何度も座敷に上がれと言うのでむげに断るわけにもいかずくつろがさせていただき何かとご馳走になった。
昼からも同じペースでしたが影になるところが多く少しはましでしたが汗の量は半端ではなかった。
2時半ごろにはご主人の要望通りになり切りよく作業が終わって良かったと思った。
少しでも作業したいという気持ちの方が多いと思うのでリーダーは時間を見て強制的にでも休憩させた方が良いと思った。
車に戻って首にかけていたタオルを絞るとボタボタと汗が落ちるのは驚かなかったがウエストポーチの中もべたべたで財布の中のお札も完全に濡れていた。
生活の知恵で雑誌に一枚ずつはさんで車中の尻の下に敷いておいた。
お留守番のえだ1に申し付けていた我らの3点セットの「風呂」、「居酒屋」、「道の駅」もそつなく段取りしていてくれて風呂に入り居酒屋でご馳走をいただき代金はちょっと湿っていたが雑誌に挟んでいたお札で支払った^^
そして車中泊の為に道の駅「かよう」へ
<7月15日(日)>
この日は受付の9時前に入りすぐに召集のかかった松山地区に向かった。
えだ1は支援物資の仕分けに向かった
松山地区は「備中広瀬駅」のところでタンクローリーが流されて線路を塞いでいる映像でも知れられているところらしい。
自分は知らなかったのでこの光景を実際に見て水の恐ろしさをまざまざと感じた。

ここにボランティアのサテライトがあり男5人で今は引いているが1階が完全に浸かった一軒のお家の土砂を取り除きながらゴミ運搬車に仕分けしながらゴミを乗せる。
ここのご主人は努めて明るくしていたがさぞかし辛いはずだ。
最高気温は36℃だそうだがたまに吹く風と昨日のしんどさのおかげですこぶる円滑に作業ができた。
鳥取から来た二十歳そこそこの初ボランティアの男性は朝一は元気だったがみるみる元気が無くなってきたように思えたので率先して休憩を入れてあげた。
2件目はその若者2人と次のお宅で土砂の搬出にいそしんだ。
ここも切りよく依頼された内容をこなせたので気持ちが良かった。
ヤフーニュースでボランティアの熱中症予防として尿の色が濃くなると危険とありましたが2日間とも一度も尿を排出することなく汗として流れ出ているので意味が無い情報だなと思いました。
思えば
2011年の東日本大震災から始まり
2014年の広島市豪雨土砂災害
2016年の熊本地震 そしてこの
2018年 平成30年7月豪雨とボランティアをさせていただきましたが最後は2年ごとになっているのも気にかかります。
いつまでも自分は重労働もできないだろうし何よりこんな災害の光景は見たくないものです。
思えば
2011年の東日本大震災から始まり
2014年の広島市豪雨土砂災害
2016年の熊本地震 そしてこの
2018年 平成30年7月豪雨とボランティアをさせていただきましたが最後は2年ごとになっているのも気にかかります。
いつまでも自分は重労働もできないだろうし何よりこんな災害の光景は見たくないものです。
もう大きな災害が起きませんように願うばかりです。
ほな、またお逢いしましょう。
― おしまい ―