2011/03/11、東日本大震災。


震度7の地震・高さ10mを越す大津波。大津波は高いところでは
高さ30mにまで達したという話も。

海岸線の町は壊滅状態、線路や道路も。

来週で1ヶ月が経とうとしています。いまだ進まぬ復旧作業。
そんな状態の被災地では物資の不足が発生、石油も同様。


先月から始まっている被災地向けの石油を輸送する列車を
記録する為に昨日現地入り。


新潟県新発田市。午前6時過ぎ。


こーじのBlog「鉄道員、時々フリーカメラマンやってます」

根岸から新潟・秋田を経由して盛岡へ運ばれていく列車を撮影。
4月といえども日本海側の寒さはまだまだ厳しい。

ここから磐越西線へ移動する。


数年振りに磐越西線に石油列車が走るということもあり、
撮影する人の多さに驚いた。
早出川橋梁には既に多くの三脚が立っており、僕らは敬遠した。


もともと磐越西線には何度も来ているので、撮影地は無数にある。
だが、線路に近い撮影ポイントはすぐに人が集まってくる。


馬下駅(まおろしえき)。場内に踏切があり、直線を走る列車が撮影出来る。
あとから数名やってきたが、「まずは編成で」ということで。


こーじのBlog「鉄道員、時々フリーカメラマンやってます」

「無理な追っかけをしない」という観点から、
「追いついたら撮影」という行動でした。



鹿瀬(かのせ)。ここも何度も来た場所。
山に囲まれた地区で、川の流れが入り組んでいる。
数年前に修復された築堤は綺麗なまま。


地元の方に話を伺ったが、上から線路が見える場所は木が伸びて
しまって見えなくなったとか。。。
途中でサイドから鉄橋が見えるポイントがあったので
そちらへ戻り撮影。背景の山並みが春が近いことを表している。



山都(やまと)。一ノ戸橋梁(いちのときょうりょう)。


こーじのBlog「鉄道員、時々フリーカメラマンやってます」

ここは磐越西線の中で一番有名な鉄橋だと思う。
この鉄橋と周辺の風景と共に撮影。


「間に合えばあと1ヶ所」だったのだが、堂島手前で前方の視界に
列車が見えた。終了。


せっかくここまで来たのだからと、喜多方市内へ。


坂内食堂。11時だというのに店内は満員。
少しならんだが、まもなく席へ。
肉そば、いわゆるチャーシュー麺を注文、久々の味に感動した。


こーじのBlog「鉄道員、時々フリーカメラマンやってます」-110403_114814.jpg


撮影ラスト1は山都へ。


もうちょっと位置を変えて撮影出来るはずということから、
現地でロケハン。2時間ほど待機・撮影。


帰路。


途中にある猪苗代湖畔。


こーじのBlog「鉄道員、時々フリーカメラマンやってます」

灯篭が1つ倒れたままになっていた。
冬場は営業していないこの地区は人がまばら、というか殆どいない。
きっと灯篭も震災からそのままになっているのであろう。


郡山市内。


猪苗代から郡山市内へ向かう途中、道路が歪んでいる箇所があった。
ガソリンスタンドは品切れの店舗もあり、閉店しているところが多い。


市内に入って国道4号線を南下する。
途中市内で大きな被害は見られなかったものの、やはり道路の
陥没等が目立つ。
これは白河市内まで続いた。。。



白河市。


僕の行きつけのお店となっている白河の「あすなろ食堂」へ。


 http://www5.plala.or.jp/terakouji/


もう何年も前から、近くに行くと大抵ここで食事してます。


気になっていたのはお店がやっているのかどうか。
無事に営業していて一安心。


こーじのBlog「鉄道員、時々フリーカメラマンやってます」

「勝丼」。「かつ丼」ではないところがほかの店と違う。
結構なボリューム感がお腹を満たす。


お店の方に話を伺いましたが、やはり揺れが酷かったとのこと。
周りの店で食品が品切れになり、「これはいけない」ということで
震災直後に水道やガスに影響があったそうですが、震災から
まもなくして営業を再開したそうです。


神奈川からここのお店に何度か来てるんですと話すとお店の方が
「今度来た時に声かけてください」とおっしゃってくださいました。
落ち着いた頃にまた行こうと思いました。


車が駐車場から出る頃、お店の外でお見送りしてくださいました。
人の温かさに触れたひと時でした。


無事給油も済ませ、先輩と共に帰宅しました。


がんばらねばならないのはみんな一緒。


だから「がんばれ」では無く「がんばろう」なんですね。


がんばろう、東北。
がんばろう、東日本。
がんばろう、日本。