裏・La Description du Monde -19ページ目

裏・La Description du Monde

とある船長の出張所

総括すると「かつてのような神通力も今は無く、ネットじゃオワコンなんて言われてもいるが、それでもいまだTVの影響力は侮れん」ということだな。

【宇野常寛「AKB上位はテレビ化しすぎ、下位の方が面白い」】

近年TVが「ネットにすり寄ってきてる」ってのは俺も思ってるけど、結局、ネットを"主軸"と捉えてるユーザーの反応に過ぎないんだろうな、これも。思えばTVはいつも、その時々の主流をネタにし、貪欲に摂りこんできた。『エサを頂戴してるんじゃない、こっちがエサにしてやってるんだ』という、いわば傲慢な体を崩さない。そこらへんが、ネット世代には殊更「ハナにつく」んだろうなと思う。俺も多少なりそう思ってるし(笑

「いつまでも王さま気取り」だから、嫌われるんだと思う。

かつて「庶民の娯楽の王様」が映画からTVに移ったように、TVもいつまでも王座には居られない。当然、関連業界に籍を置く人々としては、それを「よし」とは受け容れられん(受け入れるわけにはいかない)だろう。で、直近だと4Kだ8Kだと先走り/煽りしてるけど…その娯楽の"ベーシック"が既存通りである以上、変わり映えは無いだろう、現行の"意識"では。

ベーシックってのは…たとえば映画なら「劇場に足を運び・チケットを買い・座席に着いて観賞」。TVであれば、「スイッチを入れ・チャンネルを選び・楽な姿勢で鑑賞」っていう。画質が劇的に向上しようが、これが変わることは無いでしょ?つい最近のSD→HDって変化においても、何ら変わり無かったはず。そう、ただの「変化」に過ぎず、変革でも革新でも無かった。


ちょっと逸れるけど…「双方向性(キリッ」なんて、いったい何時から言ってるんだ?と。いやもう俺が子供の時分から大風呂敷広げてたけど、ハッキリ言って「まだこの程度?」じゃん。それでいて、いま、"絵を大きくする"ことにばかり必死って、失笑ものだろ。なあ(・ω・)いつになったらクルマは空中チューブの中を走るん?ってなもんだ。「そういう未来」を期待した人々が"インターネット"のほうに魅力を感じ・流れたのも、当然じゃあないかと。


つまり、TVが「革新的」だったのはもう何十年も前のことであって、とっくの昔に"古典"だってこと。

でも、古典を嗜好する向きってのも、必ず在るわけでね。TVの登場で斜陽に追い込まれても、映画が消滅してしまわなかったのだって、そういうことじゃないかな。享受の多様(多彩)化であり、住み分け(時に融合)でもあり。

新文化・新芸能も、時を経れば古典や伝統になる。そうなった時、古典は古典なりの在り方を思案すべき。

少なくとも、コンテンツそのものの質の向上・見直し、何より、自らの行動原理の再確認「初期衝動への回帰」を図らずして栄華復古の野望を抱くなど、ナンセンスの極み。成熟を収穫せずして爛熟放置してしまっては、その実も腐れ落ちるのみ。

これは音楽業界、ひいては48Gにも言えること(かもしれない