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アパート僧侶の戯言

一人暮らし歴15年の独身アパート暮らしの僧侶が、日常の出来事や感じたことをおもいのままに綴っていきます。

誰のために更新され、何のために更新されるのかは、不明です。がなにかしら意味があるだろうと思っています。

聖徳太子は、日本仏教黎明期にもっとも正しく仏教を受容した人物として有名です。

 

『十七条憲法』の第一条「和をもって貴しとなし」等は学生の時に日本史の授業で聞かれたという人も多いことでしょう。

 

ほんでも私すごく疑問に思っていることがあるんです。というのも、聖徳太子って蘇我馬子と一緒になって物部守屋を滅ぼすじゃん!587年「丁未の乱」聖徳太子は当時13,14歳。まだ少年じゃがって思うけど。まぁ当時はそのぐらいの年でも一人前だったんじゃろ。

 

いやまぁそれで、物部氏を滅ぼしとるのによく「和をもって貴しとなし」などといえるな。と思ったんですよ。全然和じゃねーじゃん!

 

んでも最近、聖徳太子って蘇我氏と一緒になって物部氏hを滅ぼした時には、そんなに仏教に興味なかったんじゃないかって思うんですよ。

 

お父さんの用明天皇は仏教帰依表明しとるし、そもそも自分は蘇我氏の流れ汲んどるし。なりゆきで崇仏派になったんじゃなかろうか。(蘇我氏と物部氏は元々崇仏派と廃仏派で争っていました)

 

ほんで勢いで物部氏を滅ぼすんですよ。まぁいうたら戦争ですわね。「丁未の乱」って文字にしたら4文字しかないけど、これ戦争ですよ。戦争。まぁ私は戦争をしらない世代ですが、戦争時は人間おかしくなるんでしょうね。普通の感覚ではなくなるんでしょう。物部氏を滅ぼす中で

 

「故郷で家族が帰りを待っている兵士を殺しまくったんですよ」

「目の前で命乞いをする人を殺しまくったんですよ」

「親と離れてしまって泣いておる幼子を殺しまくったんですよ」

 

私は歴史の専門家じゃないのでわかりませんが。そんなことがあったんじゃなかろうかなと思うんですよね。守屋の一族も皆殺しにしてますからね。ほんでも戦争中ですから、おかしくなっておるんですね。

 

ほんで、守屋を討ち取り戦争が終わりました。それからしばらくした時にふと我に返ったときに気が付くんです。

 

「なんということをしてしまったのか」

「とんでもないことをしてしまった」

「取返しのつかんことをしてしまった」

 

と、冷静になった時に自らのしでかしたことの罪の意識に苛まされたのかもしれません。

 

「自分はどんな報いを受けるのか」

「死んだらどうなるのか」

 

そんなときふと仏教の経典を開いてみるんですよ。するとね書いてあるんです。

 

 

全ての者にさとりへの道は開かれている。

 

すべてのものが仏になることできるんだ

 

 

 

 

この教えに出会ったとき、本当に驚かれたんじゃなかろうか。あれだけの罪を犯した私も救われていくのか。そうびっくりしたんじゃなかろうか。そしてその仏教に感銘を受け、過去の反省からでた言葉が

 

「和をもって貴しとなし」

 

ということだったのかなぁと思ってます。

 

本当のところはわかりませんが、私にはそのようにしか思えません。

 

どのような私でもさとりをひらくことができるというのが仏教なのでした。

 

なんまんぶ

 

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