明日から8月ですので、世界遺産熊野旅行記は明日からアップしていきます。本日は、ガイドをして下さった須賀さんからお聞きした日本のサッカーと熊野八咫烏(ヤタガラス)について記事に書くことにしました。

 デジカメで撮影した写真をオリジナルのサイズではアメブロでアップできないので、とりあえずメールで送信する時に適切なサイズに圧縮してみました。しばらく試行錯誤しますが、よろしくお願いします。

 中村覚之助氏は現在の和歌山県那智勝浦町に生まれ、東京高等師範(→東京教育大学→筑波大学)に進み、東京高等師範でサッカー部を日本で初めて立ち上げた先駆者です。中村覚之助氏は29歳で鬼籍となりましたが、その功績を讃えるべく、故郷のJR紀勢本線那智駅前に中村覚之助氏とサッカーボールのモニュメントが建てられています。

 また、日本サッカー協会とサッカー日本代表ユニフォームは、中村覚之助氏の故郷熊野の八咫烏(ヤタガラス)をシンボルマーク・ロゴマークとして採用しています。これは平安時代貴族が熊野詣でで蹴鞠の上達祈願をしたことも関係しているそうです。
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