ブログが続かないので、何をしようか考えました。
私はこのブログが全くおもしろくないと思っています。おもしろくなくても、自分の書きたいことを、毎日書くことに意味があると思って書いていたのですが、毎日書けたのは束の間。何事も続かない性分なのです。つづけなければ、たまにおもしろくないことを書くだけのブログになってしまいます。
今日は家にずっといて、部屋を片付けたり、ずっと見たかった映画を観たり、ネットでADHDという病気のセルフチェックをしたりしました。あまりに部屋が片付かなかったからです。
ADHDは発達障害の一種で、部屋が片づけられない、時間が守れない、忘れ物が多い、など、私の性格そのままが症状となって表れるので、小学校の担任、中学校の担任共に「あなたはADHDかもしれません」と私に宣告してきました。中学に至っては、学級文庫に私のためだけにADHDへの対処法の本が追加されました。
結果は、8個中8個にチェックが付きました。病院の受診を勧められましたが、先に述べた本に「ADHDは治らないので対処法を身につけるべき」と書いてあったので病院には行きません。薬で治らないのなら、病院になんて行くだけ無駄です。私は中学生の時に不登校になり、リストカットシンドローム、ナルコレプシー、うつ病などと診断されたのですが、薬漬けと言っても過言ではない位の量の向精神薬を処方されて、ときどき記憶を飛ばしたりしていたので、薬ばかり出すお医者さんも信用は出来ませんが。
ブログをおもしろくする話に戻しますが、ジェンダーやセックスなど「性」に関する話を書いたときは面白いと言ってくださる方がいました。そういった話を口頭でしても、みな笑ってくれることが多いです。なので、もう性に関することばかり書くという手もあります。しかし、ジェンダーに関しては不勉強ですし、セックスに関しても人より詳しいわけではないので、間違った知識を皆さんに与えてしまった場合、「正しい知識で差別や偏見をなくしたい」という私の理念に反します。
それから、ルポルタージュばかり書く、という案です。これはルナジリオの深瀬くんから私の生き方を、「ルポライターじゃん」と言われたことから思いつきました。自ら興味のあるところに足を踏み入れて、その体験をブログにしたら面白そうだな、と思ったのです。
たとえば、「現存する日本最古のアダルトショップでのアルバイト」「性的トラウマを植え付けてきた痴漢」「緊縛講習会に参加した」など、過去の体験や、今後の体験をエッセイにするのです。もっと踏み込んで「お金で男の子を買った話」等に挑戦してみてもいいかもしれません。現状、そういった経験はまだありませんが。
しかし、これには問題があります。それは、人生を摩耗するということです。お金も貰ってないのに、なぜ私は私の人生をエンターテイメントとして開示しなければならないのでしょうか。自らの性体験の話までつまびらかにして、誰が幸せになるのでしょうか?センセーショナルさを求めて危険な場所に足を踏み入れていけば、最後に待つのは死のみです。しかし、今のところ中村うさぎくらいしかこんなことはしていないので、面白そうではありますね。

