「人体冷凍」ラリー・ジョンソン著 | 随心所欲的日記

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 「人体冷凍」 ラリー・ジョンソン著 不死販売財団の恐怖 〔スコット・バルディガ共著〕 講談社 2010年11月


 強力な推薦があって、読んだ本。推薦者は眼を輝かせ、

「この事実は知っておくべきです。ページの中ほどに、現実の人間の写真があって、知らなかったんです。先に開いてしまって。冷凍されてある人間の生首が、はっきりとした写真で。それでもう僕は気持ちが悪くて」

「うん?」

「気持ちが悪くて、買ってしまいました。あなたは、あの頁は耐えられないから、あれは隠して読めばいい。それでも、読んだほうがいい」


 若い人の推薦本は、大事にしないといけない。しかし、そのような頁があるとあってはアマゾンで買うわけにもいかないから、図書館で借りてくることにした。



 ドキュメントである。最初は、ラスベガスの救急救命士、航空救命士として、いわば普通の救急隊員ではなくて、教科書にアドバイスするほどのトップのかれの日常が描かれる。

 中年にさしかかった彼は、毎日、血みどろの現場に呼び出される暮らしから引退しようと考える。ラリーは離婚家庭でトレーラーの中に育ち、ニューメキシコ州の野蛮な地域の子である。かれにとっては、救急救命士はあこがれの職業だった。

 がんばって努力して、そして中年になって、こんなおそろしいカルトな会社に就労することになるとは、そして現在も命を狙われ、潜伏しないといけないとは、なんともいえない難儀な人生である。


 ページのほとんどは、アルコーという人間を冷凍保存させる会社の内部告発である。くわしく書くと、本が売れなくなってしまうから書かないが、こんな不正がアメリカではまかり通るのかと腹立ちを覚えずにはいられない。

 

 たとえばディクシーは社員の飼い犬だが、脳がやられていて、ぼんやりとした眼でひとをみて、カニのように横に歩く。この犬は、血を抜かれて、冷凍保存の薬品を注入され、何時間も押し込められ、また血液を戻されたという。


 そのほかにも、ラリーは目撃する。まったく意味のない「実験」のために、データもとらず、ただ殺された犬もいる。

 

 わたしはたぶん日本人としても特に気が弱い方であるから、人間の頭部を不衛生な方法でノミで叩いて切り、ツナの缶の上に乗せて冷凍保存するという行為は、生理的に気持ちが悪い。もちろん自由だから、「未来」が来るまでそうありたいなら仕方がないけれど、アタマのボケたお母さんにバルビツールを大量投与して首を切るというところでは、ぎょっとした。

 殺人として起訴されながらも警察が負けてしまうところに、アメリカの暗部がある。


 この冷凍保存に多額の財産を投げ込んでいるひとたちは、「不幸な人生」の人なのだとラリーはいう。


 さて、ここまでは普通の読みだが、精神病院患者としての一言を追加したい。


 この本の巻末近くに、アルコーで働いていた科学者たちが、いまどう暮らしているかが記されている。この中に、なんと精神科クリニックを開業しているひとがいる。


 ジェリー・レムラー、アルコー会長兼CEOを辞任して、保健センターの精神科医の医療部長を勤め、フェニックス市に精神科クリニックを開業している。


 だからアメリカの精神科医なんかアテにならない、いや守銭奴だとわたしは叫びたくなった。フェニックスで、うつ病になれば、このクリニックに行ったひとは、ジェリー氏の流れるような口調の説得を受けるだろう、未来の蘇りをするために人体を冷凍保存しておけば、うつ病も治りますよ。


 実際、この本に、アルコーの説明パンフレットには、未来にはうつ病もエイズも治るし、細胞も回復できるから、頭部だけ保管しておけばいいと謳ってある。

 うつ病患者が、ここでも利用されている。


 わたしは、患者を利用するのは、アメリカのお薬やだけであるかと思っていたら、今度は人体冷凍保存会社まで現れたわけだ。


 この本の優れているところは、前の方にアルコーの職員たちが大量の何だかわからない健康薬品を飲み、中には緑色の薬だけしか食べない人も出てくる。健康食品の経営をしている人も出てくる。「消費期限の切れた」大量の薬、薬…。


 薬剤依存の最先端が、「人体冷凍」とも読めるのである。

 わたしも、著者が狙われているくらいだから、アルコー社の悪口なんかは書きたくはない。日本にアルコーの支店が出来たら、このページはすぐ削除する。


 ラリー氏も日本や、その他の国に逃げたらどうかと、わたしは思う。

 わたしは勇気がないからできないが、フェニックスに行って、患者に「なにをされるか、わからないから逃げなさい」とささやきたい。


 ほかの病気は知らないが、「うつ病が未来は薬ですぐ治る」といいきる会社や精神科医を、まともとは思えない。

 犬のディクシーのかすんだ、うつろな眼が、横歩きの姿が、わたしたちの未来と重なってくる。ディクシーはもう草原を走れない。あたりまえの犬がたどったであろう毎日、前足で土を掘って骨を埋めることもない。啼くことすらない。


 大量の資金をもとに、さらに「未来の夢」を売りつけていく人体冷凍会社。

 その根幹は、アメリカの精神病薬のお薬やと通底している。


 もう一度、蘇っても、かれらに利用されるだけではないか。