随心所欲的日記

随心所欲的日記

旅と文学の話

昔の音薄田泣菫の短編小説なんか読みますとね、樹木が話をしておりまして、何かこう恐ろしいんですけれどもね。


でも皆さんもお散歩しているときにこう何か視線を感じるっていう、振り向くと古い樹がこっちをみて、そういうモノノケのような気配を感じる時ってありますよね。
 長浜盆梅展をお勧めいたします。2月23日、長浜駅降りてすぐのところにありました。
ここに特に400年の梅というのがございまして、私がみて

たんですけどもこの樹齢400年の梅

 

 

 

もう樹のみきの所に洞があいてまして穴があったりこのねじれているところに苔があってよれよれなんですよ。だけど400年ということはこの梅の盆栽を育てていた人も代々名人なわけなんですけれども、この梅そのものがもう本当にこんなにボロボロになっても、もうそんな咲かんでもええんやでと私のなら言いたいんですけれどもね、でもこの盆梅を咲かせる名人たちはそうじゃないんですよね。とにかく咲けということで満身創痍になりながらしかもそのまま山に咲いてるのではなくて盆栽でしょう、盆栽という身の上になりながらだけどもう本当に妖気を漂わせながら

モノノケのようにしがみつくようにして咲いているんですよ。是非見ていただきたいです。

 



 他にはそう白い梅もあったんですけども、こちらはどちらかというと水の上に幽玄に咲いているという感じでした。まさこ好みの紅い可愛いのもありました。

 




 この展覧会を出ますと、外には苔玉というものが売っておりまして、この苔玉は高知県の方が

開発したものです。

盆梅展、梅の妖気に触れたい、モノノケに逢いたい方どうぞ。

 

苔玉

 

雲館慶の庭には、お相撲取りの石像が。常陸山 谷右エ門。明治期に活躍した横綱で、教養人であるため「角聖」と呼ばれた。


お相撲さんよりも大きい、高さ5メートルに及ぶ10トンの巨大な石。日本で一番大きな芭蕉の句碑。

 

蓬莱にきかはや伊勢の初たより  はせを  元禄七年正月

 

まさかりかついだ金太郎♪ 金太郎さんの故郷は諸説ありますけれども、滋賀県坂田駅に行って参りました。米原から北陸線に乗って寒かった2月23日です。
 ここは土佐の誇る一豊の妻の出身地でもあります。

 

 

 坂田神明宮という元伊勢伝承地もありまして、内宮と外宮と二つあるんですよ。そしてもう一つこの坂田神明宮の少し変わっている点は、この神社を恐れ多いことに線路が神社を横断しております。私が歩いているときは。この線路沿いにかわいい赤い椿の花を見つけました。

 

 

お散歩してて頂きますと

 

愛らしい水路もございます。

 


そしてもう一つこの駅の近くには田んぼっ湖カフェというカフェなんですけれども、地元のお野菜をいっぱい売ってるところがあるんですよ。

 

 

ですから皆さんもここにおいでの時には

 

元伊勢伝承地である坂田神明宮そして一豊の妻

 

金太郎さん、お野菜をいっぱい買ったあとに想い浮かべながらお散歩なさってくださいね。

 

 昭和の時代iにはよくみかけたけれども、今は見なくなったものの一つにストリップ小屋があります。
 このストリップ小屋の看板が九条に残ってるんです。ナインモール九条というアーケードの入り口にある甘栗屋さんの上に「名門 九条 OS」 の看板がかかっております。九条 OS は赤い文字で書かれています。
 小屋の跡地は道路を隔てて歩いて行ったマンションのとこにあるんですけれども、そこには石碑も何にもないので当時をしのぶのはもうこの看板のみとなっております。
 九条 OS 開館は1951年ですから

 

かのジプシーローズさんが浅草で踊っていたストリップ全盛期の時代ですね。一条さゆりさんは1960年代の人ですからまだ出ておりませんね。
1950年に特急つばめが東京大阪市を走っておりますから。特急つばめに乗っかって東京から大阪においでて、松島新地で遊ぼうというお客さんはこの九条 OS にお寄りになった、そういう懐かしい思い出がおありじゃないでしょうか。小屋は2012年に閉じてしまいました。
 もしも九条に立ち寄られたら、看板を見上げて名花たちをしのんで頂きたいなって思います。

 

九条OS看板 2021 2 20撮影

劇場跡地。

ナインモール九条

 

 キャンセルというところを押すと、録音がきけます。

 

2月20日、中崎通商店街から天神橋筋へ。天神橋筋6丁目駅から堺筋線、堺筋本町駅で乗り換えて、九条駅で降りた。
普段だと九条ならシネヌーヴォだが、今回は松島料理組合。

 

 昔は松島遊郭と呼ばれて桜の名所だったんですよ。大阪大空襲の後、ここ九条にうつってきて松島新地となり、今は松島料理組合となっています。
 青と赤の縞模様の入った細長い提灯が、どのお店にもぶら下げてありましてね、この提灯が目印なんですよ。
 帳場には中居さんと綺麗な女の子が座っています。観光客だと思うんですけど、お兄ちゃん達5、6人歩いていてマップだか

 

ガイドブックのようなものを持ってキョロキョロとしてましたからね。
 そういうひやかしではなくて、ちゃんとしたお客さんはサラリーマン風の人もいればおじさんみたいな人もいまして。
 お兄ちゃんいらっしゃい、とか声がしたもんで周りを見回すと、黒い服を着た若いお兄さんがニワトリみたいにとっとと早く走って入り口へ駈け込んでいきました。

 昔はラムネとかビールとかゆっくり1階のお座敷で召し上がっていただいて、階段を上っていくという風情だったのですが、今はそうではなくて道路をまっすぐ歩いてて、いきなり走ってお店に飛び込むんですよ。

 

 この街自体はですね、九条の商店街もあるし、住宅街に隣接してありますので、とても明るい感じのところです。

 

 小さなお店がたくさん並んでいるので工夫をこらし、猫をたくさん飾ったお店もありました。敷居の高くない雰囲気です。

 

 記事は、声でいれましたが、写真はこちらに別にしました。2月20日のかき氷散歩です。

 

かき氷屋さん

 

 

こちらはバッタものもある、安くてたのしい「おいでやす商店街」

 

 

豚さんが手をふる韓国かき氷のお店

 

高知のお店も。

 上記は、「キャンセル」というのを押すと、録音がきけるようです。

 

 

2月20日、中崎町のかき氷屋さんに行ってきました

 

東梅田駅から谷町線に乗って中崎町駅で降りて1番出口を出ると、天五中崎商店街に出ます。おいでやす通りって呼ばれています。
そこまでそんなに長くはないんですけれども天神橋筋に繋がってますのでね、ぶらぶらと商店街をお散歩できるんですよ。私はたくさんの種類があるということで、かるる氷というお店を探したんですけれども見つからなくて。
 大阪浪速家さんに入りました。本店は元祖たいやき麻布十番浪花家総本店ですけど、毎日毎日僕らは鉄板の、1975年のヒットおよげたいやきくんのモデルさんになったお店が本店なんですよ。
 で大阪の方ではですね、私はまず感心したのはテーブルが

 

たい焼きさんの形をしてるんです。
 かき氷の方は大というのを注文したんで1.5倍写真見てくれたら分かりますけど、どんと来まして。上に小豆がちょっと乗ってて、少ないと思った人は実は勘違いでこの白い氷を掘りますと、アズキがザクザクと出てくるんですよ。もちろん

 

焼きも食べました。ザルにのってくるんですよ。
 このあたりはですね、かき氷屋さん他にもあって、韓国かき氷っていう珍しいお店も見つけたので写真にあげときますけど、これはビニールでできた巨大な豚さんが手を振ってまして常に手を振っててかわいそうですけどね。

 

たい焼きくんのお店はこのまだ寒い時期というのに満員だったんですよ。

 

かき氷食べるなら今の時期ですね。暑くなると名店はどこも行列ですからね

2月13日の尼崎の写真、まとめてどうぞ。

 

尼ヶ崎中央図書館

 

 あいかわらず、向きが直せないけれど、雰囲気は伝わると思います。

 

 さっき声の録音というのを、はじめてやってみました。面白いですから、みなさんもぜひ。

 あちこち話がとんだから、文章の方は編集しています。

この写真の「キャンセル」というのを押すといいみたいです。

 

今喋ってる事ってちゃんと録音されてるんですか?初めて声の投稿しております。まさこです。はい2月の13日の土曜日、尼崎に行って参りました。阪神尼崎中央図書館に行ってきたんですよ。阪神尼崎駅を降りて南東へ、庄下川を超えると左手に尼崎中央図書館があります。この図書館は2階が広くて素晴らしい学習室があるんですけど、合格祈願の牛の絵馬をダンボールに大きく描いています。学生さん、頑張れですね。
 一階は木の椅子であまり長くは座れないかな。この図書館ユニークなんですよ。あたし文藝春秋探したんですけどなくって、え何でないのって。そしたらね、ちょうど男の人がカウンターにやってきて週刊新潮くださいって言ってるんですよ。カウンターなの。

 

そこでお願いすると、雑誌を出してくれるの。

 

あたしも文藝春秋お願いしますって言ってカウンターで借りることができました。スポニチもカウンターです。でも他の新聞や雑誌は普通にきちんと並べて置いてあるんですよ。だから文藝春秋と週刊新潮、スポニチだけ何でカウンターなの、この謎は是非尼崎の人がといてほしいしいですね。
 あと尼崎中央商店街ここは日本一祈願をおとら様がアーケードの天井に飾っているところです。すごくお野菜安くて大根28円白菜48円などなどキャベツも58円で買えることが出来ました。
 日本最古といわれるラーメン屋さんにも行ってきました。

 ちょっと戻りますけど床下川の近くにヒノデ水飴水飴屋さんがあって美味しかったです。川の近くには桜井神社というところがあって、

 

日赤の前身の創立者を祀ってあります。お城の前には古くて赤いポスト、その近くには古学の祖である契沖阿闍梨の石碑が置いてあります。そういうことで見所たくさんの尼崎、ぜひ遊びに行ってみてくださいね。ちゃんと録音できたかな。
 

祝你过个好年!   今天是春節,祝你身体健康!萬事如意!过一個好年

 

春節です。

2021年2月9日四つ橋線に乗って北加賀屋駅で降りた。四つ橋線は、西梅田駅から住之江公園駅まで伸びている

 

 北加賀谷駅

 

駅の前は大きな道路で、とにかく北へと歩くのである。温泉「湯楽」は小さめの温泉である。火曜日に行ったのは失敗だった。その日はシルバーデーで、ごった返していた。普段は750円かかるが、今日は450円で入ることができる。 

 

途中の道筋に注目。 三件のアパートがある。南から穂高荘、乗鞍荘、白馬荘と続く。皆山の名前である。大家は山好きであったとうかがわれる。 

 

 

穂高荘の玄関先に咲く赤い花が愛らしい。赤い花の似合う昔の乙女が植えたのであろう。

 

 

 

白馬荘の屋上には、なぜか小さなアンテナが十個はたっている。なぜなの?理由を問いただしたかったが住民がみあたらなかった。 乗鞍荘 

 

 

「わたしをスキーに連れてって」の時代なら、若者も住んでいて、互いに「あたし、白馬よ」「オレは穂高住まいだ」と言い合い、どこの山が美しいかでけんかしたり、若大将だと気取ってみたり、酒を呑んで肩を組み山男の歌を合唱したりしていたのだろうか。そうしていまはイケメン山男はリョーマチになり…と、勝手に物語をつくるのであった。

アパートとアパートの間は、自転車置き場になっていて、昔の山男らしきおじいさんが何やら直していた。

 

 

温泉から少し歩けば、名村造船初船集まる後に着く。今は面影がない。

 

現在の工場の守衛さんは親切な人で、地図をくれた。街には壁に綺麗な絵が描かれているからぜひみていけという。早速向かってみた。 ロバの姿が描かれている壁を見つけたが、実に可愛かったけれども撮影に失敗してしまった。次回とする。

 

 

 

 

旅の終わりの楽しみは、夕げ。

「こもれび」という名の明かりを見つけた。入ってみたい気もしたが。こういう物静かなネオンを見ると心が誘われてしまう。

 

 

けれどもお腹が空いていたので、安い回転ずしのスシローへ。

自腹なので黄色い皿ばかりを注文した。黄色いのは一皿100円である。エンガワが欲しかったが何故かなくて、うすいイカがいろんな種類であったように思う。 お魚の量が多いのは、魚を細切れにして積み上げたもので、細切れ肉が安いのと同じ理由。これじゃ、スーパーでいつも買うのと、あまり変わりない。お箸の先からぽろぽろっと米粒がこぼれる。

 あおさのりの汁を飲み、ショウガを何度も食べて、皿数の節減につとめた。

 うなぎののった黒い皿が流れていくのをみて、ため息が出た。

 

 あの山の名のアパートに住んでいた若者たちはいま、どこに流れているのだろう。出世をしてタイやヒラメの身分だろうか、それともあたしと同じ黄色い皿の仲間だろうか。

それでも半世紀前、あのアパートは新しくて、ピカピカの青春があった。銀嶺の彼方へ、まぁ、趣味は違うけど、タイムトリップして、白馬荘の壁が白かった時代の山マニアたちの語らいをみてみたい気がする。

 

 あるじは、何かといえば、山、山、と言い、乗鞍までどうやっていくんだろう?いや、乗鞍は岐阜やから近いか、穂高も岐阜に近い、白馬岳が一番遠いのだろうか。富士山がないのは大阪人の意地だろう。

 してみると住人は、「飛騨山脈以外はヤマやない」とか信念をもち、重いスキーの道具をものともせず、18切符でまだ暗い朝から岐阜や信州へ。