随心所欲的日記

随心所欲的日記

旅と文学の話

現在 警察の現場検証は終わりました、とのこと。落ち着いたアナウンスの声に、かえって胸にささる。87分の遅れとのことだか、遅れよりも、ひとの命を思う。他の列車ものこともおり、京都駅では106分の遅れとの放送であった、




 本來は網干行きに乗るはずであった。2番ホームに着くと向かい側 3番ホームにまだ 姫路駅 が止まっている。

 めどがつき次第というアナウンスが流れており、事故を知った。琵琶湖線 瀬田駅での人身事故であった。

 10月2日は、琵琶湖線 京都線では2度の事故があり、朝7時18分 茨木駅人身事故。

 12時30分.瀬田駅で人身事故。


 アナウンスがあり、45分に再開予定だったが、前方 ガラスが割れていて前方が見えないため 、ガラスを撤去して交換する必要があり、もっとかかるとのこと。運転再開時間14時に変更とのこと。実際は14時17分発となった、


 わたしはめったにこの線には乗らない。しかし同じ日に朝と昼に、線路での人身事故とは、異様ではないか。もっと言えば、飛び込んでしまいたいくらい苦しんでいる人が少なからずいる。

 前方 ガラスは前が見えないほど 砕けてという女性アナウンスの声に、何か胸が詰まる気がする。





 関ヶ原をすぎたが、ここからは右の窓にしがみつくのが正解。柏原から近江長岡に向かうにつれて、右手に伊吹山が誇らしく立っている。

 山がお迎えしてくれる。ただ今 伊吹山。



 列車は今 垂井駅を通過。関ヶ原を越えて、伊吹山を右手に見ながら、西へ。琵琶湖に突きあたる直前の米原に向かっている。

 大垣から米原は一時間に一本しかないから、とても気をつかう。

 窓外は秋の気配か。

 今朝浜松駅にはいるとき、駅員さんが二人立ち、静岡行きは止まっているという。男性客が尋ねると事故だという。

 8時47分、袋井駅〜御厨駅間の蟹田(かんだ)踏切て人身事故があった。

 大垣行きの列車内で理由をみたわたしは、手を合わせた。天国にいけますように。列車は10時台にすでに運行が開始されている。

 袋井駅は、昨日、通ったばかりだ。

 東海道線に最近は滅多に乗らないが、乗るたびにどこかで誰かが飛び降りる。

 今回は、事故なのかもしれない。その時間、踏切は工場に通う通勤者で混んでいる。この踏切で特に事故が多いという記録はないが、慌てて渡り切ろうとしたのかもしれない。

 踏切は、わたしもキャリーバッグのタイアが線路に引っかかり、カンカンなってるし参ったときがあった。知らない人が女性だったご、引っ張り上げてくれた。

 いつも思うのだが、なぜ人間の歩行に踏切使用で不便と危険をかけ、車にラクをさせるのだろう。




 昨日は静岡美術館でルノワールを観たかった。

 つい2年前なら楽にできたはずだが、69歳になると、きつくて寄れず、そのまま泊まろうとした。だけど、静岡の安いホテルはいっぱいで、やむえず浜松に移動、浜松の駅近くの宿をとった。

 ところがAI の案内がむちゃくちゃで でたらめな場所を言うのでぐるぐると1時間以上回った。

 AI はコンフォートホテルと太陽生命の間の路地に入れというが、 ここは鉄 扉が閉まっている。 尋ね直すと太陽生命の 一階にあるからそのまま ビルの奥へ入れと言う。そんなものはなかった。不法侵入になるから引き返した。

  その後 駅に戻りファミリーマートの角の道を入れというので行ったら 広場だった。さらにヘアカットサロンが実はホテルだという。ホテルの1階にヘアサロンがあるのだと。ヘアーサロンは3階建てで小さすぎるから ありえないと言うと 、今度は引っ返して 別の道へ行けと答える。

 そうです その 焼き鳥屋の裏 こそ ホテルです などと言うが 駐車場 しかない。

 まるでオオカミ少年だ。

 もしもわたしが地図が読める優秀な人物で、暗くても鳥よりも見えるなら、こんな嘘つきに頼ったりはしない。

 

 10月2日今朝はラッシュを避けて、10時まで駅にあるコメダ珈琲でゆっくりしている。さすがに東京とは違って地元の 静岡市 と中日新聞が入っている。一般の新聞では 日経があった。

 さても鈍行を繋いで、西へ行こう。

 なんと言っても、土佐出身なので、ドロメ大好き。障害者割引切符を使って、本当は美術館に寄りたかったが、たどり着いただけでヘロヘロになってしまった。で、静岡駅アスティにある沼津魚がし丼やさんに直行。

 近海どんぶりをとると、ドロメとなる。1480円。

ううっ、懐かしドロメ様。


 なお本当は近くに酒場が溜まっている小さな居酒屋街があって、そこは1500円だがひょっとして泥目が多いのかもしれない。まだ確認は取れてない、





 美しきシモネッタという絵を、竹橋駅近くの丸紅ギャラリーでみた。これは人から薦められたものどが、テンペラ絵の具の実力には恐れ入った、

 500年以上経つのに、この美しさ。


 下ネタはフィレンツェで22歳の時亡くなった。世界的な美人で、館内にはほめたたえる詩もあった。心魅かれた芸術家によって、絵画や小説にも残された。追悼の詩には、フレンチェが死んだ後まで書かれてあった。

 シモネッタの横顔は、わたさが想像したような色っぽさはなかった。清らかで、眼の色は未来への期待に満ちている、いたずらっぽくも見える。

 肌の色は、透明感があって、白い。日本人のミルク色とは違って、西洋人のしかも若い一時期にしかない白さだ。触ってみたいような肌の色。

 エメラルドとパール、ルビーの首飾りをしている。エメラルドの煌めきが眼を惹く。

 本物のようだ、


 チラシに載っている首飾りは、暗い緑色で沈んでいる。これは全くこれから結婚式を迎えようとする。娘さんにはふさわしくない。

 わたしはチラシを破り捨てた、シモネッタの首飾り、その時、命の頂点となっていた彼女の首もとを飾っていた。エメラルドの色を忘れたくないからだ。


 恐るべきテンペラ絵の具の実力。

 他のものはフェイクで構わないが、テンペラ作品だけは本物に限る。



 

 嵐山光三郎作「老いてますます官能的」の感想2弾め。

 ここで語られる官能とは恋人の熱愛にとどまらず、宗教の殉教や政治思想、高山の花との出会い、なと広範囲に及ぶ。例をひくと、ページ20、アジを釣った時の感想を氏はこう書く。

 釣りあげるとき、ビグッと腕がきしむ官能がたまらない、


 推するに、釣り人が釣り上げた喜びと言うよりも、釣り上げる直前のおののきを表現している。

 夢中になる、魅惑される、シトリンがいっぱい放出されるようなひと時を、官能的と呼んでいるのだ。

 読者としては、色恋の達成はハードルが高いし、というのも氏がおげている三代要素、美女、白亜の館、あとはなんだっけ、とにかく旧家の令嬢などには生まれついていないから、若い頃は働かねばならず、恋愛脳にのるゆとりがない。


 けれどもこの本の「官能的」は、意味が広いので、どこかで自分が夢中になれるものについて考えてみることがあった。

 若い頃なら、間違いなくわたしの「官能的」は、映画にあった。1日に何本もみる体力もあったし、高知県立美術館映画会の帰り道、母親と感想を熱っぽく語り合う瞬間があった。

 8ミリえいかつくりも楽しった。


 しかし今は一人なので、まいにち、文字になっているものと言えば、言語学習のDuolingoしかない。

 たまに前に学習した単語、覚えているとやったあと叫ぶ。覚えていないとイライラして、その辺のものを投げる。単語ひとつで興奮するので、これも官能的世界かもしれない。毎週のランキングで敵をやっつけると満足する。


 嵐山光三郎は、温泉巡りや山登りなど多趣味である。言いかえると、たくさんの官能世界をもっている。お姉さんは、今、69歳であるから、もっと趣味を増やす必要がある。そんなことを感じた、



 嵐山光三郎「老いてますます官能的」を読んでいる途中。家で一気に読めば早いが、近所のカフェで読んでみるのが贅沢タイム。


 さてこの本は、ちっとも官能的ではない、とにかくどの男女の事件も、かるーく書いてあるから、あ、そう、心中か人妻か、などと読んでるこちらも何やら心持が軽くなる。

 これどけたくさんの仲間がいる、と知れば、現在、恋に苦しむひとが読めば救いの一粒、あるいは恋するのがバカバカしくなるのかもしれない。


 第二章を先に読むとわかりやすい。ここにはいろんな危険な恋の有り様が報告されている。

 これは私は記憶力歓喜のクイズとなった。さすがにわたしも文学少女、波多野秋子あたりは覚えていても、福田英子、えーと、佐々城信子、どっかで聞いた、と記憶がつかない

 何しろ、一人あたりたった5ページで、その情熱的、恋愛遍歴が、次から次へと紹介されて、最後は予想通り宇野地で締めくくられた。


 どの人もそうだが、皆、スキャンダルになった人たちばかりなので、スケールが大きくて、同じ女性としてこちらの恋から遠い患者生活がわびしいと言うよりも、全く別次元のようだ。


 だから、読む必要がある、かれらは普通の人が10回生き直しても無理なような恋をできる。

 この版は2018年刊、嵐山が既に後期高齢者を迎えての本である。ハスに構えて皮肉っぽく、女性のことを語っているから、表面はふざけているように見えるが、よくよく読むと、真面目な気質が現れている。わりにマットーな本である。

 強く進めないが、まぁ暇つぶしに読んだらと思うのは、恋も怪我も人生万華鏡のように気分が軽くなるのと、もう一つ様々なスキャンダルが羅列されているから、記憶想起にちょうどいい。

 嵐山光三郎「爺の流儀」を大正途中まで読んでるところ。冒頭近くで、アムステルダムで転倒した思い出が書いてある。

 アムステルダム、なんて豪華なんだろうと思った。国立市の水はけの悪い石畳じゃない。転ぶにしても80代でアムステルまで行きついているのはすごい。ロマンチックな響きがある。

 こちらは去年だったか、京都市バスの中で転倒してバス会社に苦情を入れた。


 以来、あたしはバスやら雨の日など、大変注意深くしている、

 わたしが反省しているのは、また2年前まではエスカレーターに乗れたから、この時に海外旅行しておけばよかった、今となっては、他の人に集団で迷惑をかけるから行くことは難しい。


 現在、国内一人旅なら行ける。杖になる前に、船旅とか列車で、今のうちに行かなくてはね。