まさ子の旅日記 Masako

まさ子の旅日記 Masako

山田まさ子の旅と慶應通信およびドイツ文学の話


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 ひょっとして古い映画ファンは、黒澤明監督の『素晴らしき日曜日』という作品を覚えておいでだろうか。作中で、貧相ななりの主人公がホームレスさんと間違われ、食べ物を配られてしまうのだが。

 

 わが友、お祈りけんちゃんといると、いっしょに歩いているというだけで、わたくしまでその仲間と思われてしまう。過去には警官に意味もなくいじめられたり、冷酷な世間の視線に耐えねばならなかった。

 しかし、バスの不正乗車を疑われたのは、初体験なので書いておきたい。

 

 今年の四月のはじめ、関東はとてもあたたかく、あちこちの桜が満開だった。こんなときに体重を減らそう、わたしはお祈りけんちゃんの住む団地まで出かけ、差し入れを玄関に置こうとして、ぎょっとした。美しいはずの桜の団地いっぱいに、つまりこの部屋のドアの前に箱入りのゴミがはみだし積み上がり、ひどいにおいがしている。

 

 差し入れだけ置いて逃げ出そうとしたところ、本人が出てきてしまった。ここは多摩平、ここから一駅、日野駅まで歩こうと、わたしは呼びかけた。おごるのはこっちだから、夕食をできるだけ安くあげたい。マックを探さねばと、あたしは思った。

 お祈りけんちゃんは素直に歩いている。安倍政権をののしり、マルティン・ルター様をけなし、まあ父母に捨てられているから仕方ないが、おおむね世の中を呪っている。そのくせ、多摩平の桜を、自分のもののように自慢するのであった。

 

 とにかく離れていないと、におう。そして、このひとはゴミを拾うのが趣味なので、ときどき何かみつけると立ち止まる。

 日野駅近くにマクドナルドがあったので、わたしは相手がトイレに行っている隙に、すばやく「一番安いのは?」と店員さんに尋ね、五百円のセットにすることができた。けんちゃんは、マックの赤いストローをみると、本能的にしまって持って帰ろうとする。

 

 さあ、そこから立川駅まで、どう出るか。けんちゃんは、しきりに悔しがる。かれの理論では、シルバーパスのようなものがあるので、それをまさこちゃんに貸してあげたらよかった、それで安く日野市民として発券できる、なのにパスポートを置いてきた、というような意味だったと思う。別にいいよ、とわたしは答えた。もちろん、けんちゃんの方は、ふたたび歩いて多摩平に帰る。

 

バスで

 日野市駅前に停車しているバスをみて、けんちゃんは走って乗り込み、運転手さんに尋ねた。

「ここから立川までいくらですか?」

 運転手さんは、いら立ちを隠そうとしなかった。なにしろ、ホームレスのようなザンバラ髪のひとが乗り込んできて、質問をするのだ。

「知りませんっ」

「えっ、知りませんって、ここ始発でしょ」

「知りませんっ!!降りて」

「あの、バスの回数券もってるので、これをあのひとにあげるので、これで足りるかどうか」

「回数券を買い取ったり出来ませんっ。おつりも出せません」

 

 なにかかみ合ってない会話が続き、お祈りけんちゃんは、わたしに80円券3枚だけ破いて手渡して、これで足りるのかなと言いながら帰っていった。

 

 まずは、驚いた。お祈りけんちゃんは10年以上は知っているが、その間、御馳走してくれたことは一度もなく、教会がくれた古着をまわしてくれたのと、そしてたしかクリスマスに教会の牧師のくれたお菓子をわけてくれた記憶があり、要するに自らがいるものをくれるということはなかった。このあり得ない現象は、わたしを感激させた。けんちゃん、トシをとったのかな。

 

 運転手さんに「どうもおさわがせしました。すみませんでした」と謝った。日野市に在住していたことがあるから、とてもなつかしい川べりをバスが走っていく。運転手さんは、ぼそっと言った。「270円です」

 知っていたのだった。答えたくない相手もいるのだろう。

 

 270円ときいて、わたしは計算した。障害手帳で半額になり、切り上げだから、130円相当を払えばいい。だから、けんちゃんの回数キップ80円1枚と50円プラスすれば足りる。この計算をわたしは何度も繰り返して、間違いない、と確信した。

 

 乗車客はわたし一人しかいない。降りるとき、運転手さんは、障害手帳をみると手にとり、ひっくり返して調べた。さらに、これが一番珍しい行為だったが、青い回数券をひっくり返して、すかしてみて、じっと眺めた。睨めば何かが発見できるとでもいうように。これじゃ、運転手さんというより、二課の刑事じゃん。

 やはりくれるひとが風体のしれない輩だと、偽造キップを疑うのだろうなあ。しかし80円キップを偽造したと、見えるんだよね、あたしも。

 仕方がないので、また謝りながら降りたが、ぎろりと睨み返された。

 

 運転手さんというのはプライドが高い。こんな人物を乗せたくない、と思ったんだろうな、きっと。痩せた頬に暗い眼を光らせていた。抑えきれな憤怒を浮かべていた、まるで梶井基次郎の『檸檬』の主人公のような眼の色じゃないか。まだ若い。年をとったら、ホームレスも障がい者もそう遠くはない、一般人とわずかな隔たりしかないとわかるだろうか、それともよその世界のことと思ったままだろうか。


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  亡くなられたひとの住居は安いので一年ごとに転居しているけれど、今回は前に引っ越してきてから、前回6月28日の入居だったから、10か月にも満たないで、引っ越しとなる。

 お部屋でひとが亡くなってくれると、その部屋は事故物件として一年間半額となる。だから、お家賃を安くさせたいなら、一年ごとに近所でどなかお亡くなりになるのを待つことになる。

 

 こういう引っ越しで転々と事故物件をまわっているひとを東京でみたことがあるが、まだ若い30歳くらいのサラリーマンのようだった。「ハマってます、事故物件」とかるく話していたが、それよりもっと深刻な足の悪いおばあちゃんが事故物件の抽選にはずれて、わっと泣き出す姿や、外国のかたが大家族できて、「抽選はひとりしかできない」といわれてショックを受けている姿などが印象に残っている。

 都営住宅の事故物件のときには、それよりもはるかに死に物狂いの抽選であり、説明書に「火事で一家焼死」「玄関で自死」などと書かれており、わたしは安いとはいえ取りやめたのだが、それはほんとうに甘い姿勢であった。なんというか、わたしよりももっとこの部屋を必要にしているひとがいる、と思うと、何かこう申しこめなかった。

 

 

 しかし住宅難の東京を離れると、事故物件は抽選でなくなる。理由はわからないが、ちょっとややこしい死亡理由だと、わたしが現実に知っている例で、一年間借りてがつかないということもあった。話はそれたが、今回なぜ、わざわざ半額の部屋を早々に出ていくか? 

 

 いいえ、お化けではありません。子供のときから転居ばかりで流れ暮らしているけれど、そういう疑いのある部屋はひとつしか記憶がない。事故物件といっても、ほとんど何事もない。理由は、ハトと隣のひと、であった。

 とにかく現在の部屋は、朝の三時半に隣人が出勤するため、目覚ましの音楽がけたたましく、週に数回は鳴り響く。これは仕方ないとしても、みたこともない隣の男性が、土曜か日曜夕食時間に叫ぶ。「死ね、じじい」と怒声をあげ、ちゃぶ台かなにかをひっくり返す音がする。コップが割れる音。

 

 聞き間違いであってはいけないと思い、友人に廊下で待っていてもらったら、怒鳴り声を確認できた。ただ、問題は怒鳴られている相手の声が、細すぎるのか、まったく聞こえない。そのため、付近の住民にも相談したが、虐待されているかもしれない相手が存在するのかがわからないという。ひょっとしたら、アルコール依存症のひとの幻覚で叫んでいるのかもしれないが。

 

で、少し早いけれども、いつものお引越しになった。どういうわけか、わたしはいつも引っ越しは慣れているはずなのに、廊下に立つとさびしくなる。


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これには、うわーっとびっくりしました。八尾特産の若ごぼう。緑色で、葉がいっぱい茂っているのです。

 

ど、どうやって食べるの? 疑問形がいっぱい渦巻き、食べたーい、でもはじめてみた。緑色のごぼう。わけがわからないままに買って、結局、86歳の友人に泣きつきました。つくってぇ。

 このりっぱな若ごぼうとともにおすそ分けしてもらえるように、ビンの入れ物もしっかり渡しておきました。

 

 翌日、選ばれたレシピは、二種類。

 

八尾の若ゴボウのレシピ

1  葉っぱと、茎、おすの入ったボールで、アク抜き。

 

葉っぱ  あえものに。こまかく切って、フライパンでいため、おしょうゆと、おさとう。のちに、ちりめんじゃこを混ぜる。

 

茎(くき)  ちいさく切っていためて水分をとばす。おしょうゆを入れる。こまかく切った油あげを加える。

 

 はい、おいしかったです。春の味ですね。

 

 しかしながら友人は、「若ごぼうやゆうて、こんな緑のゴボウ食べるんは、八尾だけや。ふん」と言っておりました。もの知りの方にうかがったところ、「八尾河内音頭というのがあり、八尾ごぼうを食べるのは八尾の出身か、せいぜい河内のひとだけじゃろう」ということでした。わたしが購入した関西スーパーは、阿倍野区だったから摂津ではないかと突っ込むと、となりの国で接しているから買う人もおるのだろうということでした。なお和泉の国の住人に尋ねてみたところ、たまにスーパーでみかけた、とのことでした。

 河内の国を中心に食べられる八尾の若ごぼうは、摂津や和泉など、お国をこえて、親しまれつつあるということですね。

 

 


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 以下はわたしから出した個人書簡ですが、化粧品、健康食品、アルツハイマーなど読者の中には多くの共通点のあるひとがいると思うので、相手の名前は伏せて公開いたします。相手のひとは「お友達になりたい」と声をかけてくれた元ドイツ語通訳の美女で二回ほど会いました。二度目に化粧品や30種のハーブティをすすめてくれました。ほんとうに海外の話や映画などくわしく楽しいひとなのですよ。

 以下、個人書簡。

 

 

 先日はお会いして楽しかったですね。わたしは高知に帰り、友人を検査に連れていったところ、アルツハイマーでした。次回医者が介護認定の診断書を書くことなどは、高知市の介護センターさんにお願いしました。

 

 友人宅に泊まったところ、山のように化粧品を買っていました。とうふ盛田屋の「金のまゆ」自然派化粧品ですが、とにかく基礎だけで七種類、それを何セットもですから、かなりのお金でした。販売員さんは開封しなければ永遠に使えるといったそうです。とにかくアルツハイマーでたくさん買いすぎているわけですから、かわいそうなので、わたしも彼女から化粧品を安く1セット買い取りました。わたしはほとんど化粧はしないけれども。

 

それで、この前、あなたが教えてくれた自然派化粧品は買えなくなってしまいました。ごめんなさいね。☆子さんがたくさん説明してくれたのに申し訳なく思います。なお、健康お茶も☆子さんがすすめてくれましたが、ありがたかったけれども、わたしも近所のひとのすすめで家じゅうが健康茶であふれかえっている状態で飲み切れずとても無理です。

 

英語のできていた小学校の先生があんなふうにアルツハイマーになってショックです。使いきれない化粧品や健康食品の山、アルツハイマーで一人暮らしとなると、さみしいのでつい買ってしまうのだと思います。ふりかえると、わたしもひとりでさみしいので、やさしい☆子さんに気に入られたくて、使わない化粧品や健康茶を買おうとしていたのだと気がつきました。実際によいものですし、よいものをすすめられると買いたくなるのは自然だと思います。

 けれども、そこに「依存」が生じます。

 そういうモノや人に頼ることをしていると、彼女のように本当にアルツハイマーになってしまう。モノにもヒトにも頼らずに、自力でやっていかないと。☆子さんは家族がいるけれども、わたしはまったくのひとりなので、よりしっかりと自立していかなければいけないと気づきました。お母様のこと、介護施設に入られて少しさみしいですね。お元気でがんばってください。

3月6日 まさこ

 


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 さあ、18きっぷの季節が近づいてきました。

 春に使うわけですが、今年は御殿場線(ごてんば)を狙ってみようと思います。

 かねがね鉄オタたちに、山北駅に鉄道公園があると強いレコメンドを受け、また最近新松田駅に木の香りのする美しいトイレが出来たという新聞記事も読んだので、小田原の国府駅から御殿場温泉を経由して沼津に至るこのかわいらしい路線に行ってみようと思った。富士山に桜はきっと似合うだろう。

 

 この前、実はわたしは東京まで夜行バスを数年ぶりに使ったのだが、真夜中の11時40分頃の出発であり、深夜映画の終映のあともじっと待合室に眠りこけてしまわないように気をはって起きていないといけなかった。昔は東京から高槻市の光愛精神病院まで毎月夜行バスで往復していたというのに、久しぶりだとつらい。従って、18きっぷの頃はほんとうに楽しい。あの夜行バスのゴーゴーという唸り声りよりも、窓外に家も畑もみえる鈍行の旅がいい

 

 安い手ごろな出来れば風情もある朝食もりもりの宿はみつかるだろうか。静岡、お魚の焼津、浜松ギョーザ?路線図と時刻をチェックし、宿とおいしいものを確かめる。旅の計画は一日やっててもあきない。四月の旅なんですけどね。

 

その前にもうすぐおそろしいことに初めてジェットスターに乗って、ふるさと高知へ飛ぶ。お墓参りのためであるけれど、関空に行ったことがないため、ピーチに乗る86歳やらよく関空から沖縄に飛ぶ80代などに何度も話をきいた。迷子になるのでは関空のシェットスター乗り場までたどり着けるだろうかという恐怖がかなり強い。ちなみに飛行機は乗りたくて乗るのではない。経済を心配する友人たちが安売り飛行機を勧めるため、それは小さな手荷物も入れて三千円くらいで飛んでいく。かれらはこんなふうに言った。

 

「初めてをこわがるようじゃ、おばあになった証拠」

 

 この言葉は胸に突き刺さり、わたしの旅の行路を陸から空に変えさせた。もちろん帰りは、いつもの土讃線、赤穂線と鈍行で辿るつもりだ。赤穂線にいつもの車掌さんがいれば、かれは銀縁メガネのフレームを押し上げ、「へえ高知からですか。岡山駅からの料金を、すみませんねえ」と言いながら、わたしの手から乗車券を取り、追加料金を取っていくだろう。このやり取りも嫌いじゃない。

 


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 ふだんはお国への苦情はいわないことにしている。しかし、今回はあまりにひどい。ベトナム人実習生21人解雇か、のニュース。しかも解雇先が、比較的ゆたかなはずの愛知県の会社。

 わたしは名古屋を中心に愛知県にちょくちょく行くが、この土地の華やかなファッション、人情や、作物のゆたかさは忘れがたい。もはや高知県ではすでに失われたクリスマスの賑わいもある。これがもっと貧乏な県でおきたことなら、仕方がないという考えもあるかもしれないが、あの愛知じゃないの、地下鉄で障がい者無料の。ネオンだって、作物だって輝いている土地の。

 愛知県民がせっかく働きにきてくれたベトナム人を見放すというのなら、よその県はどうなることやらわからない。政府は掛け声だけをかけて、よいことをいい呼び寄せて、なんの落ち度もない実習生を追い出すのなら、非道すぎる。

 

 毎日新聞の記事によると、実習生には11月に日本に来たばかりの方もおられるという。これはあんまりではないか。お国がこのような非道を認めてしまったら、ただでさえ弱い立場のよその国からの出稼ぎの方々が、いらなくなったらポイ捨てしてもいいということになってしまう。

 

 わたしはつい数日前、堺市の中図書館の一階にある人権センターに行ったばかりだが、その会場には、世界の愛らしい子供たちの笑顔の写真が張り付けてあった。好きな趣味を書かれたボタンを押すと、「読書が好き」や「音楽が好き」などのその子たちの顔にライトがつく。いろんな国の子の写真、ちちれた髪や様々な眼や肌の色、歯をみせた笑い、この子たちが大きくなって、遠い日本の国まで働きにきてくれたのではないか。泣かせてどうする!!


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 早くも春野菜だろうか。んなわけないけれども、ご近所の畑ではキャベツがとれ、テントでしつらえた店で売られていた。おダイコンもあったが両者あまりに大きく育っているのでためらったほどだ。

「うちの畑でとれたものです」と、おばちゃんが胸をはる。

「両方とも下さい」

「でも重いのに、よう持って帰れますか?」

「大丈夫です。自転車ですから」

 

むろん近所のひとが自転車で運ぶという意味。知人に運んで貰い、ついでに半分に切っておいて貰った。年をとったら腕に力がないから、あまりに大きすぎる野菜や、カボチャのようにかたい野菜は、とにかく近所のひとに小さめにカットして貰うことをおすすめする。

 

 同じ店で名前のわからない、何とかいうとても小さなキャベツふうの野菜も手に入ったが、それはおつゆにそのまま入れると聞いた。

 

 早速、キャベツをきざんで、その名前不明の野菜といっしょに、お湯に投げ込んでみた。さっと青く染まる。その色が、なんとも清々しい緑色で、たくましい春の色をにおわせた。わたしは都会人が料理が嫌いになるのは無理のないことだと思った。だってこんなに美しく野菜の彩る瞬間を、スーパーの野菜では味わえない。味だって、甘みと苦みが同時にやってくる。つまり強くいのちを主張する野菜なのだ。

 

 11月のダイコンを先頭にして、冬から春にかけて、野菜たちのパレードが始まる。春のキャベツはういういしい。

 

 ところで、チーズの大繁栄する時期をご存じだろうか。日本ではボジョレーの頃。下戸のわたしにボジョレーは関係ないだろと思う向きが多いかと思うが、じつは大変に関係がある。日本の四国の高知県には、ボジョレーのときにしか、よいチーズはやってこない。デパートがたった一軒しかない県庁所在地に、ワインといっしょに突然、西洋チーズが訪れる。その興奮ときたら、県内のチーズ党はみな押し寄せてくる。しかもチーズを食べる習慣のひとが少ないため、売れ残ってしまうと半額になってしまう。つまり吉祥寺や成城のチーズ売り場では絶対におこらないような値段になるときがある。

 

 おすすめのフロマージュは、モン・ドール、これはひとくちを、お匙にすくって大事に食べ、そのとける触感を味わう。たとえ三日に一度に一匙というきびしい規制をもうけたとしても、一月末くらいまでしかもたない、賞味期限となる。さらにいえばボジョレーの季節である十一月半ばから一月の終わりまでの二か月半くらいしか、高知県では最上級のチーズは食べられない。

 

 モン・ドール以外でのおすすめは、フランスのカマンベール、これはボジョレーをくぐらせたもので、ブルーチーズのような個性があり、ひとくちでカマンベールの概念が変わる。イタリア製のタレッジョもかわいらしい味がするが、どれも切り分けたチーズは12月半ばくらいが賞味期限であり、クリスマスまでもたない。だからこそ、まるい木の箱に入ったモン・ドールを買って、クリスマス過ぎからお匙で数日に一度食べれば、少なくともお正月過ぎにチーズのないかなしい生活をしないですむ。

 

 最初にモン・ドールを口にしたとき、わたしは口の中に天国があると思った。世の中にこんなにおいしいものがあるのなら生きていなくてはと思った。

 

 


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 篠山口駅 2018 12 29

   

 あわただしく人のいきかう年末ですが、ちょっとだけ雪をみたくなりました。 といっても、南国育ちのわたしには、降り積もった雪などというものは怖くてみられないから、少しでよかったのです。

 

 篠山口駅へは鈍行で向かいましたが、ちょうどホームに立っていると、うすく降り積もった雪、遠くから列車の黄色いランプが近づいてくるのがみえました。ひんやりとする風とちっちゃな雪を切るようにして。

 さすが速いな、「こうのとり」と思わず声をかけてしまい、いつもの癖で車両番号を確認しました。サハ289-2406、しぶいグレーに抑えた朱色のライン、城崎温泉駅行きですね。ここに乗ってるお客さん、温泉かぁ。いいな、楽しい旅を!!

 

 あたしは雪にふりこめられてはいけないと思い、折り返しましたが、この日は車中からみると、むくむくとダイナミックな雲が広がっていました。町の喧騒に戻るまでのひととき。なにしろ戻ると、団地内騒動がくすぶっていますから、おちおち近所のカフエにも出向けず、自宅でハーブティや紅茶をいれています。


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 近隣の団地住民が鉢植えを巡るトラブルをおこしていたちょっどその頃、我が家ではハトたちとの終戦を迎えていた、いや、休戦かもしれないが。

 そもそもここは部屋の中で病死らしい死体が発見され、URは死体がみつかると親族をさがすがみつかるのが難航することがある。URの場合は保証人ナシの契約なので、長生きした場合さらに連絡先が他界していることもある。ということでこの部屋は一年以上空き家であり、もとの住人が緑のハト追放ネットをベランダにはりめぐらせていたところ、ここにわずかな隙間をつくり玄関として、ハトの夫妻が棲みついていた。

 

 あたしが今年の夏に引っ越してきたときに、山積みのハトの糞と、冷暖房空調付近に散らばった小枝を発見した。ここで、子育てを無事に終えた、高いからネコもこないし、イタチもこない、死人に口なし、の安全な住まい、子育て住居、というのが、おそらくハト夫婦側の言い分である。あたしは掃除した。

 夜明け前の4時過ぎ、あたしはすざましいハトたちのたむろする雄叫びでめざめ、夢うつつの中でだれかがわめいているのかと思った。ハト夫婦の抗議の声、だなんて、だれが知るだろうか。ハラの底から吹き上げるような、大魔王とかそういった魔界のひとの張り上げるうなり声のようであった。

 ピカピカに磨いたあたしの奮闘は、数的に勝利しているかれらの攻撃によって、草の色やどこかの木の実を含んだフンでいっぱいになった。窓から侵入してくるけものじみた臭い。電車に乗って大きなホームセンターに相談にいくと、光るメダマのネコ人形や、カカシなどは、かれらには一切通用しないという。

「それどころか、光りモノが好きですから、ハトは寄ってきますよ」

 

 わけもわからずもとの持ち主が張っていたようなネットを購入するも、もともとイノシシ撃退用なので、高さが足りない、ふたたび電車に乗ってホームセンターに追加のネットを買いにいった。ベランダ一面にネットを張り、安どして、三週間の通信教育夏のスクーリング授業に出かけた。戻ると、そこはハトの楽園になっていた。ネットの隙間を持ち上げ、小さな通路をつくって、夫婦のみならずそのお客様まで安全なベランダにいたのだ。

 毎朝、ナベに水をくんでハトにひっかけ、音を鳴らす。スクーリングのあとにわずかに残っていた夏の日は、それが日課になった。追い払えど追い払えど、ハトはやってくる。あたしの背後霊のようにベランダにいる……。

 

「もう我慢できない。あいつらのうち一羽を締め上げて、窓につるしてやる!!」

 

 あたしがうめいていたとき、賢明なる住人のひとりがもっと温厚な方法があるとささやいた。ネットをハトが持ち上げるのだから、持ち上げられないようにすればいいというのだ。近隣のひとは、ビニール紐でネットの裾をしばってくれた。それはしばらくの間、効果があった。ところが10月の終わりに、通信教育の卒論指導からあたしが帰ってくると、またもやハト夫婦がおり、折れた小枝を運びこんでいた。通路は、しばられたヒモのゆるんだ隙間をひろげ、こしらえものたのであった。

 

 近隣のひとたちは、あたしのベランダが引き金となり、こぜりあいを繰り返し始めた。つまりハトやネコにエサをやるひとと、小動物を団地から追い出したいひととの間でもとからあった確執に火をつけてしまったのだ。さらに勝手に団地内で野菜を育てているひとも争いに加担した。

 とうのあたしは、微妙な立場にいた。団地内でネコ犬など小動物を住まわせることに基本、賛成している。もともとニンゲンが放置したこれらの生き物に罪はない、ごはんをあげてどこが悪いのか。けれども、自宅からハトを追い払いたい。この矛盾が、あたしをさらに不眠に追い込んだ。アモバン(注一般的睡眠剤)の量が増えた。

 

 

 何度もかれらはやってきて、おまけに入っても出られないので、緑のネットに羽をうちつけてバタバタする。出してやらなければならない。おまけに、「出してくれ」というふうに、ガラス越しに首を傾けて、あたしを眺めるようになった。このままじゃ、ハトにいいように使われる。

 

 近隣の住民がまた提案を出した。ネットの裾に小さなペットボトルを並べればいい。しかし、わたしは目撃した。ハトは隣のベランダから、チヨンチョンと横歩きに移動し、うちのベランダを少しずつ横に移動、さらにアタマをネットにもぐらせ、あのハトらしい首を何度もつつくようにふるしぐさを繰り返して、わずかずつペットボトルを動かしている。信じがたい。

 ハトの執念、は、あたしの清掃精神よりも勝っている。

 

 最終的にはこれは12月を迎えてからのことだが、またもや近隣住民の入れ知恵により、今度は秋の台風で折れた木の枝を何本か拾い、横に敷きつめて紐でゆわえ、さらにペットボトルで重しをすることに。あれ以来、ハトたちは悔しそうに、横歩きしながら、隙間をさがしている。

 

 映画のメアリーポピンズさんが、来年二月にリメイクされて日本上映に戻ってくる。あの映画の中の「ハトに二ペンスを」という曲に、昔のあたしは泣いたのだ。不思議なことに、今年、メアリーポピンズの舞台をみにいったときも同じ場面で泣けた。

 

 憎んではいない敵との半年あまりの戦いであった。

 

 


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 本日は、ひとりでのクリスマスながらも、日本の国内で開かれているドイツクリスマスマーケットに行って参りました。

 

 まるいリングのパンやソーセージ、ジャガイモ、買わなかったけれども桃色のハート型のクッキーにサンタクロースの描かれた飾りのようなものをつるしてありました。割れたサンタクロースのクッキーだと500円と安いんですよ、でも割れたサンタクロースなんて縁起の悪いもの買うひといるんですかねえ。でもひょっとしたら、こわれたサンタさんかわいそう、と言って買う心やさしい少女とか。

 

Frohe Weihnachten!!

 

 さすがにわたしひとりにクリスマスケーキをぽんと買って帰るわけにもいかず、食べきれませんからね。情けなくもソーセージ一本とまるいパンとカナダドライでおなかいっぱいですし、奮発してデパチカに行き、洋風のパンを買って帰りました。三つほど。それとクッキーと。近所の野菜やさんが開いていたので、いつものお野菜。

 201 8Masakochenの、小さなクリスマス便りでした。

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