[LOHAS(ロハス)] - “下流社会”とLOHAS
クールビズ”などと並ぶ今年の流行語の一つに“下流社会”というのがあります。
その出典は、「下流社会 新たな階層集団の出現」(光文社新書)という一冊の本です。
それによると、“一億総中流”といわれたのは過去のことで、今、「下流」と呼ばれる階層が出現しつつあり、その特徴は、生きる意欲に乏しい「だらだらライフ」だということです。
このように聞くと、「下流ライフ」にはどこか「LOHASライフ」にも共通するものがあるような感じを受けますが、厳密に言うと、「下流」とは、生活に困る「下層」ではなく、上へ行こうという意欲が低い人、つまり、働く意欲、学ぶ意欲、金持ちになりたいという意欲も低ければ、コミュニケーション能力も低い、「人生への意欲が低い」人を指すそうです。
当然、所得も低く、結婚できない可能性もあるが、一方で「自分らしさ」にこだわり、「下流」生活に必ずしも不満を感じていないという。
確かに近年、何百億も稼ぐIT長者がいる一方で、フリーターやニートが増えているのを見れば、「一億総中流」が崩壊していることに異を唱える者は誰もいないでしょう。
実際、「下流」の若者は、それを悪いことだとは思わず、中流へのこだわりもなく、親の建てた家があり、古着屋や百円ショップで買い物をして、吉野家やマックで食事すれば、定職につかなくても十分生活できる。
そして、実は「下流」社会の拡大は、良い影響も生み出しているのです。
その一つが「大文化国家」という姿。
「少数の頑張りで豊かな国になり、その恩恵で意欲が低い人も歌って踊っていられる社会。その中から、マドンナやマイケル・ジャクソンが出てきてもいい。今、日本が芸術やスポーツ分野で素晴らしいのは、そういう社会だからだ」
と著者は指摘しています。
ところで、一方のLOHASは、本来、米国社会での競争に一息つきたい富裕層の“ゆとりライフ”から派生したコンセプトであり、したがって、けっして世の中に積極的に背を向けた“落ちこぼれ”や“隠遁者”ではありません。
しかし、日本では、急速な格差社会の出現と共に新たな“日本的LOHAS”な人々が生まれつつあるようです。
LOHAS