京都の絵画の歴史的な流れ

 

①仏教絵画・・・仏教の宣伝 字が読めない人に「仏教信じれば極楽」PR

②絵巻物・・・物語をベースに描かれたもの ストーリーを知っていると面白い

③水墨画・・・禅問答や筆の太さなどを楽しむ

④障壁画・屏風・・・どこに描かれたかで当時の様子を想像する

⑤琳派

浮世絵

近代絵画

 

①仏教絵画

仏教絵画は基本仏教の宣伝

「仏教に帰依しようよ〜極楽浄土にアナタ行けますよ〜」 

字が読めない民衆のために絵で見せたほうが早い

 

楽しむポイントは「仏像を見分けて何を描いているところか推測すること」

 

阿弥陀如来・・・手がOKサイン「極楽来てOKよ」

脇侍は極楽に行く人を乗せる蓮台を持った観音菩薩と合掌している勢至菩薩

 

釈迦如来・・・手が平ら「死ぬのは怖くないよ」←背中押してる

脇侍は知恵の緑獅子=3人寄れば文殊の知恵=文殊菩薩と慈悲の白象=普賢菩薩

 

※白象と緑獅子の絵を見て、「あ、阿弥陀如来がモチーフなんだ!」と気づくと

ただ「あ〜象と獅子の絵や〜」と見ているより数段面白くなる!

例えば風神雷神図屏風も、白と緑=普賢と文殊菩薩と思えば「真ん中には釈迦如来が・・・!」とその奥をさらにイメージできる

 

⬜︎来迎図

 

【永観堂】山越阿弥陀図 ・・・現存最古(国宝)12−13世紀(平安末ー鎌倉)

山の向こうから阿弥陀如来がお迎えに来ているところを描く

 

【平等院】九品来迎図

【知恩院】早来迎

 

⬜︎涅槃図 お釈迦様が入滅(=亡くなる日)

お釈迦様は頭を北に向けて寝ている・・・北枕

つまり顔を西に向けている=極楽浄土を見ていた!

 

沙羅双樹に薬袋が引っかかっている

=マヤ夫人(釈迦の母)が薬袋を投げたものが引っかかった(投薬の語源)

 

入滅は2月25日・・・満月が描かれていることも多い

 

○豆知識

物事がダメになるときの「オシャカになる」=

鋳物職人が阿弥陀如来像を作ろうとして、うっかり手を丸めるのを忘れてしまって

「ありゃ!釈迦如来像を作ってしまった=オシャカになっちまった!」が語源

(といわれている)

 

②絵巻物

 

寺や神社の由来を描く=寺や神社の宣伝

ストーリー性がある

 

鳥獣戯画でなぜ蛙が神様なのか?

→水かきがあるから!(仏様も衆生を等しくすくうための水かきがある)

 

北野天神縁起絵巻・・・菅原道真が怨霊化して清涼殿を襲撃→鎮めるために北野天神建立

 

③水墨画

 

如拙と雪舟が有名

 

如拙・・・禅問答「瓢鮎図」退蔵院

ひょうたんでナマズがどうしたら捕まえられるか?

 

雪舟・・・鳥が見ているような視点で描く

昔は空から眺めるなんてことはできなかった=雪舟の想像力すごい!

 

④障壁画

 

京都の障壁画は単体ではなくお寺のストーリーと一緒に楽しむ

=もともとそのお寺のために描かれたものか?移築されてきたものか?

 

【智積院】長谷川等伯・久蔵父子の障壁画

もともとは豊臣秀吉が最愛の息子棄丸の死を弔うため依頼

=秀吉の権威を表現しつつ、棄丸(鶴松)を弔う絵を描く

 

野の花が下に描かれている=野花は弔い花

満面の野花は鶴松を慰めている

 

【大覚寺】

障壁画は移築されたもの=もともとは徳川和子入内の際に造営されたものの一部

つまり、入内した和子さんがどんなお部屋に住んでいたかが妄想できてしまうのだ!

 

華やかな牡丹の絵やおしどり(おしどり夫婦)

 

【南禅寺】

一番有名な門はじつは重要文化財

国宝は障壁画のある「方丈」 なぜ国宝?

 

建物は移築

小方丈・・・伏見城の移築

虎など勇猛な絵が多い

 

大方丈・・・・内裏(清涼殿または仙洞御所)

花や魔除けの柳など

 

内裏と城の雰囲気をいっぺんに味わえる貴重な場所