先日、仕事を終えて、マンションの階段を登っていると、
階段にティッシュが3枚ほど落ちておりました。
僕は素通りしました。あっ・・・落ちている・・・位には意識しましたが
その先に思考は及びませんでした。
翌朝、昨夜と同じところに、ティッシュが落ちておりました。
何も考えずに拾いました。その日は燃えるゴミの日で手元にはゴミ袋があったせいかもしれません・・・。
平凡ということは、こういうことも含めているのだと思いました。
こうした積み重ねが自分の習慣から、生活、仕事ぶりに波及して・・・
という良い循環を生む基本、最初が、この平凡かな・・・と、その日の朝は思いました。
その晩、階段には、ゴミは落ちておりませんでした。
落ちていないことが当り前なのかもしれませんが、その当たり前なことが、珍しいことのように、その晩は新鮮に感じました。
多くの人が暮らすマンションなので、せめて、通路や階段にはゴミがないことが普通であるようにしたいと思いました。
逆に、ゴミが落ちていることが当たり前・・・という、そんな環境で育つ子供って大丈夫なのだろうか・・・?とも思いました。
自分が親になることは、まだ当分ありませんが、そんな一人者の僕でも、こういう、ちょっとした、ゴミを拾う程度の平凡な行動の結果が、マンションに住む人たちに関しても、全く無関係ではないのだな・・・と少し大げさに、思ったりもしました。
小野寺