津田の話もさせて下さい。炎のストッパーと呼ばれ、150キロを超える剛球で強打者たちを抑え込んでいった津田。1993年、惜しくも、本当に惜しくも32歳でこの世を去った津田です。私は彼の話をすると、今でも涙が出ます。
彼のストレートは、本当に手間暇かけてつくられた、彼の努力の結晶でした。私が一緒にやってきた選手の中でも、彼ほど努力する選手を見たことがありません。
津田は抑えに失敗すると、当時の広島市民球場に2時間も早く来て、外野の階段を走って回ってました。観客席に向かって、ごめんなさいという気持ちを込めてたんでしょうね。それで、何食わぬ顔で全体練習に加わってました。
ある時、彼は私にこう言いました。あるピッチャーの初勝利の権利を、彼が打たれたことで消してしまった時です。「達川さん、抑えってつらいですね」と。普段の私なら少し茶化したことを言ったりもするかもしれませんけど、その時の私は黙ってうなずき、「お前しかおらんぞ」と言いました。「今日も試合があるぞ」と。ボールは大胆、心は繊細。それが津田でした。
先ほども登場した、かのランディ・バースも津田はストレートでねじ伏せました。真ん中高めのストレートで3球三振した時、バースは「クレージーボール(とんでもないボールだ!)」と叫んでましたよ。バリバリのメジャーリーガーで巨人にやって来たレジー・スミスも舌を巻いておりました。
恐らくあの時の津田なら、ストレート一本でもメジャーで通用したんじゃないか……そんな風に私は思います。彼の殿堂入り、本当にうれしかったです