ニチニチ製薬さんから、御中元を頂きました!
会社に届いた御中元は、アルコールのみ私が持ち帰るルール(強制)になっています。(笑)
実は、このワインニチニチ製薬さんのグループ会社で作っているものです!
もちろん、自社農場、自社ワイナリーです。そして、凄い事に除草剤を一切使わず減農薬で栽培されています!
以下に、このワインが出来るまでの話を紹介します。
「奇跡のワイン 下北ワイン物語」
平成10年たった12本の苗木から始まった。
はじめは、こんなところでぶどうは育たない。
下北半島は果樹不毛の土地だ!
冷害の風「やませ」にやられる。
ここでぶどうを植えるのは狂気の沙汰だ!
みんなから笑われた。
本州では、りんごも津軽が北限だった。
北海道と違い梅雨の霧が太陽を遮った。
しかし男たちは植えた。
北村守、菊池繁安(元・川内町長)、志村富男だった。
確かに容易ではなかった。
ためしに植えた11品種の苗木は、殆ど病気にやられた。実は熟さず腐った。
しかし、4品種のぶどうが生き残った。
やませや霧から下北連山が守ってくれた。土地にも恵まれた。
陸奥湾の風が畑の温度や湿度を調整してくれた。
まさに厳しい自然の中の守り神だった。
それらは、赤ワイン用ぶどうで日本では栽培が困難といわれたピノ・ノワールとメルロ、
そして白ワイン用ぶどうのライヒェンシュタイナーとシュロンブルガーだった。
それから3年後はじめてワインができた。
赤白ともによわよわしいワインで商品になるのか? 不安だった。
正直、皆これを売るのは難しいと思った。
皆は知らなかった。良いぶどうの樹は樹齢を重ねて良質になっていくことをーーー。
自社のぶどう畑も7ヘクタールを超え、平成19年にぶどう畑のそばにワイナリーを建設し、
ぶどう栽培からワインの生産まで地元での一貫生産体制が出来上がった。
平成20年、初めのぶどうの苗木を植えてからすでに10年の年月が流れた。
その年、1本のワインを国産ワインコンクールに出品した。
誰もが反対したワイン造りのワインが!
銅賞を受賞した。
皆、信じられなかった。うれしかった。むつ市宮下順一郎市長からの応援のもとワインは完売した。
今も北村守と菊池繁安の目的である
「下北に産業を、下北に雇用の場を」を合い言葉に最高のぶどう作りと、最高のワイン造りを目指して
全従業員が一丸となって今日も頑張っている。
大いなる志は、奇跡を呼び起こす! 感動して飲むのがもったいなくなってしまいました!

















