以下は「信用創造」についてウィキペディアにある主要な部分についてのコピペです。原文は→信用創造

 

概要

信用創造とは、銀行は集めた預金を元手に貸出しを行っているのではなく、銀行が貸出しの際、借り手の預金口座に貸出金相当額を入金記帳することで、銀行保有のベースマネーといった原資を事前に必要とせずに、何もないところから新たに預金通貨を生み出すことである[4]。この預金通貨は借り手が返済すると消滅する[5][6][7][8]

 

銀行は信用供与を通じて銀行の負債である信用貨幣を創造することができる。銀行が信用供与すなわち貸出あるいは証券投資をする際に、借り手あるいは証券の売り手の銀行口座にその金額を記入することにより、新たな預金通貨が創造され、信用回収すなわち返済の際、預金通貨が消滅する。すべての預金通貨は信用創造によって創造され、このような預金通貨から必要に応じて引き出された現金通貨が市中(銀行業システムの外部)で流通する。資金需要がなければ銀行は信用創造できない。

現金通貨と中央銀行当座預金は中央銀行の信用創造によって供給される[9]。また、政府支出によって預金通貨が創造され、納税によって消滅する[10]

 

信用創造の規模は理論的には無制限であるが、現実的には銀行の貸し付け可能な限界点や家計と企業の行動による制限、金融政策といった制限が存在している

 

 

 

内生的貨幣供給理論

イングランド銀行の季刊誌(2014年春号)は「現代経済における貨幣の創造」の中で、銀行が民間主体が貯蓄するために設けた銀行預金を原資として貸出しを行っており、中央銀行がベースマネーの量を操作して経済における融資や預金の量を決定しているという見解は通俗的な誤解であると指摘している[12]

銀行による貸出しは、借り手の預金口座への記帳によって行われるに過ぎず、銀行は何もないところから、預金通貨を作り出している。銀行は預金という貨幣を元手に貸出しを行うのではなく、その逆に、貸出しによって預金という貨幣を創造している。貨幣を負債の一種とみなす信用貨幣論を前提とし、需要に応じて銀行によって貨幣が供給されるとする理論は内生的貨幣供給論と呼ばれている[13]

中野剛志によれば企業などの資金需要の増大が銀行の貸出・預金を増やし、そしてベースマネーを増やすのであって、ベースマネーの増加が銀行の貸出しを増やすのではない[14]

 

 また中野は、現代経済において銀行は元手となる資金の量的な制約を受けることなく潜在的には無限に貸出しを行うことができ、制約があるとすれば、貸し手側の資金力にではなく、借り手側の返済能力にあるとする。銀行は借り手に返済能力があると判断する限り、いくらでも貸出しに応じることができる。現代のような複雑かつ大規模な資本主義経済が可能になったのは、その中心に、銀行による信用創造があるからである。銀行は貸出しを増やせば、それに応じた準備預金を増やさなければならないので、金利を調節すれば、銀行の融資活動に影響を及ぼし、貨幣供給を調整することができる[13]としている。

 

 ポスト・ケインズ派ハイマン・ミンスキーは「貨幣がユニークなのは、それが銀行による融資活動の中で創造され、銀行が保有する負債証書の約定が履行されると破壊される点にある。貨幣はビジネスの通常の過程の中で創造され、破壊されるのだから、その発行額は金融需要に応じたものになる。銀行が重要なのは、貸し手の制約にとらわれずに活動するからにほかならない。銀行は資金を貸すのに、手元に資金を持っている必要がないのである。この銀行の弾力性は、長期間にわたって資金を必要とする事業が、そのような資金を必要なだけ入手できるということを意味する」と述べている[15]

 

国債と内生的貨幣供給理論

日本政府は私企業とは異なり、民間銀行に口座を保有しておらず、円に関する預金口座は日本銀行のみに開設している。また銀行が国債を購入するには、銀行が日本銀行に保有する当座預金残高を利用している。その具体的な過程は以下の通りである。

  1. 銀行が国債(新発債)を購入すると、銀行保有の日銀当座預金は、政府が開設する日銀当座預金勘定に振り替えられる
  2. 政府は、たとえば公共事業の発注にあたり、請負企業に政府小切手によってその代金を支払う
  3. 企業は、政府小切手を自己の取引銀行に持ち込み、代金の取立を依頼する
  4. 取立を依頼された銀行は、それに相当する金額を企業の口座に記帳する(ここで新たな民間預金が生まれる)と同時に、代金の取立を日本銀行に依頼する
  5. この結果、政府保有の日銀当座預金(これは国債の銀行への売却によって入手されたものである)が、銀行が開設する日銀当座預金勘定に振り替えられる
  6. 銀行は戻ってきた日銀当座預金でふたたび国債(新発債)を購入することができる
  7. したがって、銀行の国債消化ないし購入能力は、日本銀行による銀行にたいする当座預金の供給の仕振りによって規定されている

赤字国債の発行にもとづく政府支出の場合であれ、建設国債の発行にもとづく政府支出の場合であれ、銀行は受け入れた預金を基礎に国債を購入するわけではなく、逆に、政府が国債を発行し、銀行がそれを購入することによって、預金が創造される[16]。 1から6までの過程自体は、少なくとも理論的には無限に続き得るものであり、この過程が示すように政府の支出は民間企業の貯蓄となる。政府の財政赤字は民間貯蓄によってファイナンスされているのではなく、その反対に、政府の財政赤字が民間貯蓄を生み出している[17]

 

 

 

又貸し説・・・間違った解釈です

信用創造とは、銀行は受け入れた預金以上に貸付けることができるか否かを問うものであって、それを肯定するもの(マクラウド)、否定するもの(リーフ(en:Walter Leaf))の論争の後、今日では個々の銀行は預金以上には貸付け得ないが、一国の銀行群全体としては本源的預金に数倍する貸付けを行いうる(C.A.フィリップス)というのが通説となっている[25]

預金準備率が10%の時、銀行が融資を行う過程で以下の通り信用創造が行われる[2]

  1. A銀行はW社から預金1,000円を預かる。すると、A銀行はW社の預金のうち900円を貸し出すことができる。
  2. A銀行がX社に900円を貸出、X社が900円をB銀行に預金する。同様にB銀行はX社の預金のうち810円を貸し出すことができる。
  3. B銀行がY社に810円を貸出、Y社が810円をC銀行に預金する。そのうちC銀行はY社の預金のうち729円を貸し出すことができる。
  4. C銀行は729円をZ社に貸し出す。

A銀行は1,000円の預金のうち、100円だけを準備として残り900円を貸し出す。A銀行が貸し出しを行うと貨幣供給量は900円増加する。貸出が実施される前は貨幣供給量はA銀行の預金総量1,000円のみであったが、貸出が実施された後の貨幣供給量はA銀行預金1,000円+B銀行預金900円=合計1,900円に増加している。このとき、W社は1,000円の預金を保有しており、借り入れたX社も900円の現金通貨を保有している。この信用創造はA銀行だけの話ではない。X社がB銀行に900円預金することで、B銀行が10%の90円の準備を保有し残りの810円をY社に貸し出す。さらに、Y社がC銀行に810円預金することで、C銀行が10%の81円の準備を保有し残りの729円をZ社に貸し出す。このように、預金と貸出が繰り返されることで、貨幣供給量が増加していく[2]

以下の図は、1,000円の本源的預金が、預金と貸出がされるたびにその何倍もの預金額となり、貨幣供給量が増えていくことを示している[2]

 

 

■追記

 

 上述の説明にある「国債と内生的貨幣供給理論」は分りにくいかもしれませんので、同じウィキペディアにある「日本国債」--「発行と流通のしくみ」の後半部分を張り付けておきます。

 

・・・銀行は集めた民間預金を元手に国債を購入しているわけではなく、日銀が供給した日銀当座預金を通じて、国債を購入しているため、銀行の国債購入は、民間預金の制約を一切受けず、銀行が国債を購入して政府が支出する場合、銀行の日銀当座預金の総額は変わらない

 また、政府が国債を発行して、財政支出を行った結果、その支出額と同額の民間預金が新たに生まれる。つまり、政府の赤字財政支出は、民間預金を減らすのではなく、逆に増やすことになる。それゆえ、財政赤字の増大によって民間資金が不足し、金利が上昇するなどということは起き得ない」

 

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■まとめ 

 以上のように、信用創造によって、民間銀行は、預かっている預金を貸し付けのではなく、新たにお金を産み出していました。また、日本銀行も新たにお金を産み出して日銀当座預金に供給して民間金融機関の国債購入資金としていたのです。(日本銀行は政府の子会社ですので、事実上、国債購入資金は誰かからの借金とは言えないところもあります)

 

 特に、国債購入について、又貸し説を主張する人達は、国民の預金をかき集めて買っていると勘違いをしています。最近は、日銀当座預金の存在が知られるようになってきましたが、それでも又貸し説を主張する人は「国民預金を日銀当座預金に移して、それを原資にして国債を買っている」との珍説まで現れてきました。

 

深刻なことは・・・

このような又貸し説を、高校教科書のみならず、御用学者やリベラルと称される経済学者、評論家、政治家等が揃って主張し「国債は国民預金を借りて買っている。従って、将来世代が返済しなくてはならないツケだ」との結論を導き、財政の健全化を図るとして消費増税や緊縮財政政策として国の経済政策にまで反映させてしまったことです。

・・・そのことで、20世紀末の日本は、先進国の中で唯一のゼロ成長、脱成長となり「失われた25年」が現在まで続いてしまっています。→「失われた25年」1997年の衝撃

 

参考動画→預金又貸し説の間違い

 

参考動画→信用創造はウソか本当か、簿記で検証