昨日の京都の現場。早めに着いたので神社を巡った。

いくつか参拝した中で、ひとつの神社に参拝作法を丁寧に掲示している場所があった。

「鳥居は神社の玄関です。誰かの家や会社を訪ねるのと同じように、一礼をしてからくぐってください。」と書かれていた。

何気なく通っていた鳥居を「玄関」と思うと、途端に姿勢が正される。

 

私は改めて鳥居の前で立ち止まり、深く一礼をして境内に足を踏み入れた。

その瞬間、空気が変わった気がした。

その後も手水舎で手と口を清める所作を、普段よりも丁寧に行った。

誰も見ていない。

だが「天網恢々疎にして漏らさず」という言葉が浮かんだ。

天地はすべてを見ている。

小さな所作も、心の在り方も、決してごまかすことはできない。

形だけで済ませてきた自分の癖に気づき、背筋が伸びた。

 

夜は「おもてなし」について学んだ。

相手を思う心を行動に表すこと、それが本質だと教わった。

昼間の神社での体験と重なった。

礼儀や作法は、人に見せるためではなく、自分の心を整え、相手に敬意を示すためにある。

つまり「誰も見ていないところでどう振る舞うか」が本当の礼儀なのだ。

 

仕事でも家庭でも同じことが言える。

人に見られているときだけ良い顔をするのではなく、誰も見ていないところでどんな行動を取るかが自分をつくる。

小さな積み重ねがやがて大きな信頼になる。

昨日は神社と学びの場を通して、そのことを深く実感した。

 

「天網恢々疎にして漏らさず」——礼儀やおもてなしは形ではなく心。

今日もまた、自分の行動を問い直していきたい。

 

明日もブログを書く。