「楽しむ」という言葉には、どこか違和感を覚えることがある。

 

失敗を楽しむ、苦労を楽しむ、猛暑を楽しむ――。

前提がネガティブであればあるほど、「楽しむ」という言葉は心に馴染まない。

無理にポジティブに変換しようとするより、私は「どう面白くするか」を考える方が自然だと思っている。

 

たとえば妻との会話。

真剣に受け止めすぎれば喧嘩に発展する場面でも、「もう漫才やな」と笑いに変えれば、険悪な空気は和らぐ。

最後に笑って終われるから、私は喧嘩を避けない。

 

仲間との討論も同じだ。

意見がぶつかるからこそ新しい発想が生まれ、最善策にたどり着ける。

 

そして現場の仕事も、猛暑や重労働を「今日はサウナ体験やな」と笑いに変えると、不思議と達成感や充実感につながる。

 

人を笑わせたり楽しませたりすることも、思いつきだけではうまくいかない。

準備が足りないと、どうしても手応えがなく終わってしまう。

逆に、しっかり準備して臨んだ場で「今日面白かったわ」と言われると、心から嬉しい。

笑いは偶然ではなく、工夫と準備から生まれるのだと実感する。

 

結局、避けずに向き合うこと。そこに笑いや面白さを加えること。

それが私の生き方の軸になっている。

喧嘩も、討論も、辛い現場も、ただの苦しみに終わらせるのではなく、笑いと成長の糧に変えていく。

 

その姿勢さえあれば、どんな時間も決して無駄にはならない。

「ユーモアは、人生の雨を晴れに変える傘である。」 ― アラン

明日もブログを書く。