北朝鮮が再び「飛翔体」を発射した。安倍総理は56日、トランプ大統領と急きょ電話会談を行ったが、その後、「飛翔体」については多く語らず、「金正恩委員長と条件を付けずに向き合わなければならない」と記者団に語った。5月10日、北朝鮮は再び短距離弾道ミサイルと思われる「飛翔体」を日本海に向け発射したが、今のところ「条件を付けず向き合う」とする姿勢を変えていない。

 

 

安倍総理の豹変ぶりには驚かされる。2017年9月の国連総会で安倍総理は対話による問題解決の試みは一再ならず無に帰した。北朝鮮にすべての核・弾道ミサイル計画を完全な、検証可能な、かつ不可逆的な方法で放棄させなくてはならない。そのため必要なのは対話ではない、圧力だ」と大見得を切ってみせた。

 

2018年6月の第一回米朝首脳会談の後、安倍総理はようやく「最後は私自身が金委員長と向き合い首脳会談を行わなければならない」(2018年6月18日参議院決算委員会の答弁)と言い出した。しかし、それでも金委員長との首脳会談には核・ミサイル、拉致問題の解決に資する会談としなければならない」という「条件」を付けていた。ほんの1年前のことである。

 

ところが、突然の「条件を付けず」の首脳会談提案となった。この方針転換は、水面下であれなんであれ、安倍総理が直接、日朝外交ルートを通じて得た北朝鮮からの感触の結果ではなさそうだ。2月末にベトナムで行われた第2回の米朝首脳会談で金委員長が「いずれ安倍総理とも会う」と語ったとトランプ氏から聞いたことがきっかけだったと政府関係者の発言で明らかになった。

 

安倍総理はトランプ氏に助力なしには金委員長との首脳会談も叶わない、もっと言えば安倍外交はトランプ氏と米国のお墨付きがなければ機能しない、という残念な事実はいったい何を意味するのか。情けないことだが、安倍総理には独自外交などないとアジア最貧国・北朝鮮の金委員長に見透かされていることを意味する。足元を見透かされていては日本独自の対北朝鮮外交ルートなど機能するはずがない。

 

似たような光景は、ロシアのプーチン大統領との北方領土をめぐる首脳交渉でも見せつけられた。昨年11月の安倍・プーチン会談で「平和条約締結後に歯舞群島、色丹島を日本に引き渡す」とした1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉すると合意したが、2島返還どころか主権は1島も返還されないと予想される事態に立ち至っている

 

ガルージン駐日ロシア大使は、朝日新聞の取材に答えて「クリル諸島(千島列島と北方領土のロシア側呼称)は第2次大戦の結果、ソ連(ロシア)に合法的に引き渡されたと日本が認める」ことが重要だと述べた。さらに「米軍は日本各地に配備されロシアの安全保障上の脅威だ」と繰り返した(朝日新聞デジタル421日)。安倍総理が「米国には北方2島の軍事基地を置かせないと約束する」といってもプーチン大統領に信じてもらえない状態が続いている。

 

 外務省は、安倍政権の方針変更を受けて2019年版外交青書も書き換えた。18年版にあった「北方四島は日本に帰属する」が削除された。外務省のホームページには「北方4島は日本固有の領土、1945年に北方四島がソ連に占領されて以降、不法占拠が続いている」と書かれているが、これとの整合性はどうなるのか。「2島でもいいから」と物欲しげな総理の顔が浮かんで仕方がない

 

北朝鮮に関しても19年版外交青書では「核・ミサイルは重大かつ差し迫った脅威」「圧力を最大限まで高めていく」「圧力をテコとして北朝鮮の拉致問題の早期解決を迫っていく」という表現が消えてしまったという(朝日新聞デジタル4月24日)。

 

しかし、外交青書を書き換え、「条件を付けず」首脳会談に向き合うと強調したのに金委員長は「飛翔体」「短距離ミサイル」を発射した。これを受け、トランプ大統領が再び北朝鮮に対する制裁と軍事圧力の強化に転じたら安倍総理はどうするのか。また豹変して圧力路線に転ずるのか

 

「外交の安倍」という評価があるが、総理は就任以来、外遊回数80回弱、1回2億円として160億円程度の外遊費用をつかった。日本の存在感が高まったというが、その割に外交成果はほとんどない北方領土は返還されず、拉致被害者は就任後6年たっても帰ってこない。原発輸出も新幹線輸出も受注ゼロだ

 

シンゾー・ドナルドの仲なのに、日本が最大の被害者になりかねない米中貿易戦争では理不尽なドナルド・トランプに忠告もできない。日米貿易交渉では高い兵器を買わされ、日本の雇用が減少する結果を招く対米投資が膨らむ一方、農産物の輸入開放、為替条項を飲まされるという悲惨な結果が待っている…。

 

WTO提訴では韓国に敗訴した。安倍政権は福島など8県の全水産物の韓国による禁輸措置の解除を求めるWTO(世界貿易機関)へ提訴したが、一審勝訴が覆えり最終審理で手痛い敗訴となった。総理は「上級審の在り方に問題がある」とWTOを批判するが、外務省の提訴の仕方に問題があったとする専門家の見方もある。なぜ敗訴になったのか、その責任はだれにあるのか、8県の水産事業者に説明する必要があるのではないか。

 

「外交の安倍」の評価には何の根拠もないことが国民の前にいずれ明らかになる。安倍外交で目立つのはトランプ大統領への「追従(ついしょう=こびへつらうこと)」だけという見方も出てきた

 

夏に参院選を控え、そうした「外交の安倍」に対する国民の懐疑に安倍総理は内心焦っているのではないか。焦った末に、日朝首脳会談を開いて「拉致問題に本腰を入れる外交をやっている」というアリバイ作りに総理は走ったと見られても仕方がないだろう。

 

願わくばだが、そんな批判が的外れになればと思う。安倍総理は自らの政権下で交わした2014年5月の「ストックホルム合意に金委員長が復帰するかもしれない」という感触を得ているのかもしれない。

 

ストックホルム合意では、北朝鮮は「拉致被害者及び行方不明者を含むすべての日本人に関する調査を包括的かつ全面的に実施する」と約束した。一方、日本は「調査を開始する時点で、人的往来の規制、送金報告など北朝鮮に講じている特別な規制措置、人道目的の北朝鮮籍船舶の入港禁止解除」などを約束した。そのうえで日本は北朝鮮とともに「日朝平壌宣言」にのっとって、不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、国交正常化を実現する意思を改めて明らかにすると合意している。

 

日朝平壌宣言は2002年9月、当時、拉致問題解決のために訪朝した小泉純一郎総理と金正日・朝鮮人民共和国国防委委員長との間で交わされたものだ。宣言には、日本側は国交正常化の後、北朝鮮に対して「無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施する」と書かれている。

 

安倍晋三氏も当時官房副長官として同席、合意内容を熟知しているはずだ。宣言に書かれた無償、有償の経済協力の金額は今では1兆円とも2兆円ともいわれている。「条件を付けず」に金委員長に向き合えば、真っ先に植民地支配当時の過去を清算することが求められ、当面は緊急の食糧支援、数兆円ともいわれる核の完全廃棄費用の一部負担、中長期的には多額の経済協力金が要求されるに違いない。

 

北朝鮮は国交正常化交渉を最優先させ、その交渉の出口で拉致問題を解決するという戦術をとるかもしれない。そうした交渉に、日本単独で本気で取り組む覚悟を安倍総理が持っているのかが問われる。金委員長は最貧国のトップでありながら、世界最強のアメリカと切り結んでいるハードネゴシエーターだ。トランプ氏に相談しなければ何もできない安倍総理がこれに切り結べるか、いささか不安になる。