麻生太郎財務大臣から4月9日、1万円札の福沢諭吉が渋沢栄一に、5000円札の樋口一葉が津田梅子に、1000円札の野口英世が北里柴三郎に入れ替わると発表された。

 

ほんの一時だと思うが、株式市場では、カジノ関連株と同じ顔触れの貨幣処理機を手掛ける日本金銭機械、グローリー、オーイズミ、ムサシ、設備更新が必要な自販機を手掛ける富士電機、高見沢サイバネティックスなど新紙幣関連株が一斉に買われた。渋沢栄一が創業した「渋沢倉庫」も新1万円札にあやかって上昇した。

 

なぜ今、新紙幣導入が公表されたのかが、よくわからない。新紙幣への刷新は20年に1度というのが慣例だ。前回の紙幣刷新は2004年だったから次回は2024年になる。紙幣導入の準備期間に2年間を当ててきた。これまで通りの準備期間が必要だとすれば今回も発行2年前の2022年に新紙幣導入を発表すればよい。それがなぜ、はるか5年前の2019年の公表になったのか。

 

麻生財務相は、(前回は)偽造紙幣がけっこう増えてきたので緊急に刷新が必要だった。今回は十分な準備期間を持たせるために早く発表した」(朝日新聞4月10日朝刊)と説明した。

 

しかし前回の2004年にもATM、自販機、POSシステムなどすでに広く普及していた。多少システムが複雑になったからといって、2年の準備期間でこれらの設備を刷新できないわけがない。その一方、同じような決済システムに関する案件であるキャッシュレス決済に伴うポイント還元の準備期間は予算決定からわずか6カ月間なのだ。「十分な準備期間が必要だ」という説明は、子供騙しに等しい。

 

新元号「令和」の決定に続く新紙幣への刷新という「おめでた続き」となったと、市場が動きテレビが騒いでいる。政権の思惑がぴたり当たったのではないか。安倍一強を続けるために負けられない参院選挙の前、一部に強い反対がある消費増税の前だからこそ公表に意味がある。やっぱり、内閣支持率の引き上げのための「目くらまし」ではないかと疑ってしまう。

 

もう一つ、2024年度という新紙幣導入の時期にも意味がありそうだ。その前年度の2025年度は、ご存知のようにプライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化目標の達成年度だ。新紙幣にプライマリーバランスの黒字化実現の一役を負わせようという腹かもしれない。

 

というのも、安倍総理が2度目の政権に就く直前だが、「日銀はインクで(紙幣を)刷る。1枚20円で1万円を刷るわけだから残り9980円貨幣発行益が出る。貨幣発行益は基本的には政府に納付されるから、政府が紙幣を発行するのと同じだと考えていい」と語って話題になったことがあるからだ。

 

 安倍総裁(当時)のこの議論を敷衍すれば、僅かな印刷費用で政府は大きな貨幣(通貨)発行益を得て財政赤字を圧縮、約束のプライマリーバランスの黒字化を達成するという理解になる。

 

しかし新通貨(新貨幣)の発行を財政赤字の圧縮に使うなどすれば日銀紙幣は国際的な信認を失い、大量の円売りを引き起こしインフレが高進しかねない。インフレによる国の借金の棒引きが狙いなら、空恐ろしい。国民の957兆円もの預金残高(2019年3月平残)が大きく目減りすることになるのだから。

 

そもそも通貨発行益の理解が間違っている。通貨発行益は発行された通貨の国債などへの利息収入から印刷費や流通費など通貨発行費用(コスト)を差し引いた差額だ。収入となる国債利息がマイナスとなるような超低金利の状態で財政赤字を埋めるなど到底できない。

 

さらに新紙幣の発行によって、紙幣のまま眠っている50兆円とも60兆円ともいわれる「タンス預金」をあぶりだすという議論もあるようだ。あぶりだされたタンス預金が使われれば景気の一助になるというわけだ。 これも奇妙な議論だ。新紙幣が発行されても旧紙幣が使えなくなることはなく、旧紙幣のままタンス預金していても価値に変化はない。

 

こんな奇妙な議論が出てくる背景には、1946年に幣原内閣が実施した「新円(新紙幣)切換え」への連想がある。戦後、市中の旧貨幣流通が膨れ上がりハイパーインフレーションが発生した。この対策として新紙幣(新円)発行と同時に預金を封鎖、旧紙幣(旧円)を強制的に預金させる一方、預金引き出し額を厳しく制限した。事実上、旧紙幣の市場流通を差し止めた過去がある

 

すでに1100兆円を超す国の借金(2018年12月末)を日本国は抱え込んだが、これを帳消しにする手段はハイパーインフレを置いてほかにない―。そういう考え方が根強くあり、新紙幣切換えを機に幣原内閣当時のように政府は預金封鎖の上、旧紙幣が使えなくしてタンス預金を無価値にするのでは、と考えても不思議ではない。

最後にもう一つ、5年後の2025年までに民間最終消費支出に占めるキャッシュレス決済比率を欧米並みの40%程度(現在20%)に引き上げるとする経済産業省の「キャッシュレス・ビジョン」との関連に触れておこう。

安倍政権は中小の小売店・飲食店でのキャッシュレス決済について、10月の消費増税後9か月間だが2798億円を投じて2%増税を上回る最大5%のポイント還元を実施する。これは駆け込み需要の反動減対策だが、それ以上に経産省のキャッシュレス決済引き上げビジョンの後押しの意味が強い。

 

しかし、クレジットカード決済やスマホ決済などのキャッシュレス決済は現金、つまり新紙幣を使わない決済だ。将来は世界最高水準(韓国並み)のキャッシュレス決済比率に引き上げる計画だというから、ますます新紙幣は必要がなくなる。

 

ユーロ圏では2018年末に最高額紙幣だった500ユーロ(約6.3万円)紙幣を廃止した。高額決済にはキャッシュレスが一般的になっているからだ。高額紙幣は脱税や資金洗浄など非合法取引の価値貯蔵手段にも用いられやすい。過去にシンガポール、カナダ、スウェーデン、インドなどが高額紙幣を廃止している。

 

日本でも最高額紙幣である1万円札の廃止論がある。津田梅子の5000円札、北里柴三郎の1000円札は大歓迎だ。だが、キャッシュレス社会の実現やマネーロンダリング(資金洗浄)対策の結果、安倍総理も麻生副総理もご執心だったという渋沢栄一翁のお札が廃止されるとすれば、なんとも皮肉なことだ。