グレッグ・ブレイデンという人の書いた『聖なるマトリックス』という本があるのですが

これはある意味スピリチュアル系でして、それを量子物理学との関連で語る、という

なんとなくキャッチーな内容なわけですが(笑)

これを先日また読み終えて(何度も読んでいます)

「感情こそが”マトリックス”とつながるツールだ」みたいなことが書かれているのですが

その感情について

さきほど、ふと思いついたことがあったので書きとめておこうと思います。



感情というと

一般的に日本では

喜 怒 哀 楽

ですよね。

でもこの”感情”と”マトリックス”との繋がりですが(マトリックスというのは、簡単に言っちゃえば、「神」とか「宇宙」とか「この世界の創造主」とか「唯一の大きな力」とか、そういうものです)

そんな感情で果たしてつながれるのかな?とずっと猜疑心を抱いていました。



さきほど昼寝をしていたら

アリソン・デュボワじゃないですけど(笑)

夢なのか何なのか

そういう寝ているんだけど、思考している

そんな状態の中で

突然、感情について分かったことがあったんです。


病気とか障害とかを考えていたわけですが(夢の中で)

それはつまり、それが無かったら、量子物理学的には、その人間自体の存在がなくなっていたかもしれない

という結論に至ったわけです。

目の前にあるひとつひとつが”選択”なわけで

その選択が異なれば結果も異なってくるわけですから。

だから、病気をしていなかったらすでに、例えば風邪を引いていなかったら、もしかしたらもっと悪い結果になっていたかもしれないし

例えばそこで足首を捻挫していなかったら、もしかしたらもっと悪い結果になっていたかもしれないわけです。

まぁ良い結果になっていたかもしれませんけど(笑)

でもおそらくそこで必然性があるのならば、人間がホメオスターシス(恒常性;常に平常の状態に戻る性質)を獲得している以上、その選択には意味があったと言わざるを得ません。



あ、その前に

先日、月をずっと眺めていたんですね。

そうしたら、月っていうのはいかにもシステマティックな存在であって

なんの感情も抱いていずに、ただ淡々と日々活動をしているのだなぁ

と思ったりしたわけで

それで月のように感情をもたないものこそが宇宙の本質であって

そういう人間になりたいなぁ

なんて思っていたのですが

今日の夢の中でそれについても考えていて

いやむしろ

月も太陽も、宇宙の星たちも感情はないけれど

どういうわけか地球には感情があるように思えてきて

そういう意味では地球はスペシャルな存在なんだな

とも思ったりして

バクテリアとかウィルスにも感情はないな

と思った途端

人間とか犬とか鳥には感情があって

それはやっぱり貴重なものなんだな

と思えてきたんです。

感情って貴重なものだ

と。



どちらかというと、感情的な人とか苦手だし嫌いなので(笑)

「感情」という単語にはそもそも生理的嫌悪感を抱いていたわけですが

こうして考えると

「感情」っていうのはあっていいものなんだなー、ありがたいんだなーと思ったんですね。



そこでふと

ありがたい?

もしかして「感謝」の気持ちも感情の一つなのでは?と思えてきて

それについて、考えていたわけですが

この「感謝」という感情こそは

「喜怒哀楽」の一つ上に存在する感情で

そういう類の感情としては

「慈悲」とかもそうなんだな

と思ったのです。


そうすると、仏教でいう(って本当には知りませんが思い込み、笑)

そういう「感謝」とか「慈悲」とかの心こそが

たしかに仏の道に通じるというイメージがあるのですが

それって


マトリックスに繋がるための感情じゃん!


って気づいたんです。



なるほど、仏教で言ってることは正しかった(笑)



ただ

そこで

そうした「感謝」や「慈悲」が

意識的なものではどうもだめらしい

と直感で(笑)感じました。


本当に心からそう思えてこないと

どうも胡散臭いとばれてしまうらしい(笑)


でもそんな難しいことではなくて、

たとえば風邪引いたとしても

そういう風に思えたなら

あーありがたいよなぁ・・・この選択によって守られた(過去形。これ大事)んだなぁ・・・

と自然と感謝の気持ちがわくと思うんですよ。


そこらへんで目が覚めたらしく、

そのアイデアを活かそうといろいろと頭とか顔をいじってました。

だいたい癒着とかあるわけで

そういうのが今までは

とにかくこれを取らなくては!

という「排除」の気持ちでしたが

そこを今回の学びによって

あーこれが何か分からないけど、自分の命を守ることになっていたんだなぁ・・・

でもここでこれはもう必要ないから、自分がこれを”引き継ごう”

不思議とそういう論法になるわけですが(笑)

そうして癒着と対して

癒着が取れた感覚(イメージとでもいうのか、なんとなく予期しているもの)をイメージして

それを言葉にしようとしたんですが、そうすると嘘臭くなってしまい、しかも正確ではなくなるので

単にイメージだけを持つようにしたわけです。

そうすると癒着がすーーっと取れるんですよ。

別に刺激とかなにもしていないのに。

あーこれだなって思いました。

スピリチュアル系の治療とかってこういう感じの流れだと思うんですが

その根底を支える思想というか哲学というのは、こういうことだったんですね。


これがマトリックスなんだなって実感しました。


僕的にはポイントは「引継ぎ」という単語ではないかと思ってるんですが

つまりそういう”選択”ということですね。

ただこれはまたいつもっと良い単語がひらめくか分かりません。

現段階では、これがベストな気がします。



というわけで、

「慈悲」についてはもっと究極のところにあるような気もしますが

今はまだ全く想像もつきませんので放っておくことにしますが(笑)

少なくとも

「感謝」についてはちょっと分かってきたような気がします。

みなさんに少しでも伝わるといいんですけどね。


あ、ちなみに

喜怒哀楽

については

今回の件で、(嫌々ながら)レスペクトしさえすれど

僕的には相変わらずの嫌悪感は変わりませんのであしからず(笑)