木と人と、僕の一週間|エコロキアのこだわりライフ

木と人と、僕の一週間|エコロキアのこだわりライフ

エコロキアは「不便を楽しむ」をコンセプトに、無垢フローリングやウッドデッキ、レジンテーブルを通じて、手間ひまかける贅沢な時間を提供します。
モノづくりの楽しさや育てる喜びを感じながら、日常に本物の価値を加える体験をお届けします。
毎週月曜日 朝8時更新

レジンテーブルの納品で、高知県へ1泊2日の出張に行ってきました。

もちろん一番の目的は、お客様のもとへ無事にレジンテーブルを届けること。

……なのですが、せっかく高知まで行くんです。

レジンテーブルだけ納めて、高速道路を往復して帰ってくるのは、どうにももったいない。

木を見て、町を歩いて、その土地のものを食べる。

仕事なのか遊びなのか分からないくらいが、僕にはちょうどいいのかもしれません。

今回は酒井さんにも付き合ってもらい、かなり濃い1泊2日になりました。

 

まずは、レジンテーブルを積んで高知へ

 

今回納品するのは、御所のアトリエでしばらく格闘していた大きなレジンテーブル。

ポプラの瘤杢とブルーのレジンを組み合わせた一台です。

 

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レジンテーブルというと、完成した写真だけを見れば華やかです。

でも実際に作っている時間は、かなり地味。

レジンを流して、硬化を待って、削って、ひたすら磨いて。

「これで完成かな」

と思って光に透かしてみると研磨傷を見つけて、また戻る。

そんなことの繰り返しです。

今回も納品直前まで御所のアトリエで仕上げをしていました。

ようやく完成したテーブルを車に積み込んで高知へ向かうと、さすがに少しホッとします。

ただし、レジンテーブルは作って終わりではありません。

運んで、搬入して、設置して、お客様に確認していただくところまでが仕事です。

大きな天板を積んで長距離を走っていると、後ろが気になって仕方ありません。

「ちゃんと載ってるよな?」

分かっているのに、何度も気になります。

 

木を扱う仕事なら、一度は見ておきたい杉の大杉

 

高知へ向かう途中、まず寄ったのが「杉の大杉」。

日本一の大きさを誇る杉として知られる巨木です。

 

樹齢3000年、日本一の「杉の大杉」へ。木を仕事にしている僕が3年ぶりに会いに行った巨木

 

僕がここへ来るのは2度目。

普段から無垢フローリングやウッドデッキ、一枚板など天然木を扱っていますが、こういう木の前に立つと「木材」という言葉では括れなくなります。

僕たちが普段扱っている木は、伐採され、製材され、乾燥され、寸法を整えられたもの。

それが何百年、何千年という時間を生きている状態になると、完全に別物です。

 

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大きいというより、時間そのものが立っているような感じ。

そしてここには、美空ひばりさんゆかりの碑もあります。

仕事の途中にわざわざ巨木を見に行く。

効率だけ考えれば必要のない寄り道です。

でも、僕はこういう無駄が結構大切だと思っています。

無駄なものを全部削ってしまったら、出張なんて単なる「運搬」になってしまいますからね。

 

ひばり食堂のカツ丼から高知城へ

 

大杉を見たあとは、近くのひばり食堂へ。

ここではカツ丼。

 

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高知に来たのだからカツオを……という気持ちもありますが、それは夜まで取っておきます。

しっかり食べて高知市内へ。

ホテルへ入って終わりではなく、そのまま高知城へ向かいました。

そして天守まで登る。

 

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これが地味にしんどい。

仕事で身体を動かすのと、観光で階段を上るのはなぜこんなに違うんでしょうね。

「せっかく来たんだから」

という言葉に自分で追い立てられながら上まで登りました。

でも登ってしまえば、やっぱり来てよかったと思います。

上から高知の町を眺めて、アイスクリン。

 

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こういうものは、その場所で食べるから美味しいんですよね。

コンビニでいつでも何でも買える時代ですが、その土地まで行かないと味わえないものには、やっぱり価値があります。

 

高知の夜は、めじかの新子から始まった

 

そして夜。

向かったのは、ひろめ市場の中にある居食屋 吉照。

高知へ来たら、これは楽しみにしていました。

まずは、めじかの新子。

 

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これが食べられる時期は限られています。

続いて生カツオのたたき。

 

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さらに、あかうし。

そして日本酒。

もう完全に仕事の出張であることを忘れかけています。

でも、僕は出張先でこうやってその土地のものを食べる時間が好きです。

一人の出張だと、仕事が終わった瞬間に面倒くさくなって、

「もうコンビニでええか」

となってしまうことも少なくありません。

誰かと一緒だから、

「せっかく高知まで来たんだから、何か食べよう」

となる。

仕事そのものもそうですが、誰と一緒にやるかで、同じ一日でもずいぶん違います。

美味しいものを食べて、日本酒を飲んで。

「明日が本番やで」

という肝心なことだけは忘れないようにして、1日目終了です。

 

そしてようやく、本来の目的であるレジンテーブルの納品

 

翌日は、いよいよ今回の本題。

レジンテーブルの納品です。

何日もかけて作ったものをお客様のところへ運ぶ日は、何台作っても少し緊張します。

アトリエでは何度も見ているテーブルなのに、実際の空間に置かれると表情が変わります。

家具って面白いですね。

工房に置いてあるときは「作品」なのですが、お客様のところへ納めた瞬間から「暮らしの道具」になります。

これからこのテーブルで食事をしたり、コーヒーを飲んだり、誰かが遊びに来たり。

傷がつくこともあるでしょう。

それでいいと思っています。

むしろ僕は、何年か使って少し傷がついたレジンテーブルを見てみたい。

木もレジンも、完成した瞬間がゴールではありません。

使われて初めて、その人の家具になっていくのだと思います。

無事に納品を終えた瞬間は、やっぱりホッとしました。

これでようやく今回の高知出張の目的達成です。

 

帰り道までしっかり楽しむ

 

普通なら、そのまま神戸へ。

……となるところですが、まだ終わりません。

帰りは徳島へ寄って、中華そば いのたにへ。

 

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徳島ラーメンを食べて帰ります。

高知で大杉を見て、カツ丼を食べ、高知城へ登り、アイスクリン。

夜はめじかの新子、生カツオのたたき、あかうし、日本酒。

翌日にレジンテーブルを納品して、最後は徳島ラーメン。

文字にしてみると、

「本当に仕事だったのか?」

という気もしてきます。

ちゃんと仕事はしています。

むしろ、大きなレジンテーブルを遠方へ納品するという、それなりに緊張する仕事です。

だからこそ、その前後に面白いことを入れておきたい。

目的地へ最短距離で行って、仕事だけして最短距離で帰る。

その方が経営的には効率がいいのかもしれません。

でも僕は、あまりそういう働き方をしたくないんですよね。

 

仕事の途中にあるものを楽しみたい

 

今回の1泊2日を振り返ると、レジンテーブルの納品そのものと同じくらい、途中にあったことが記憶に残っています。

巨大な杉を見上げたこと。

高知城の階段で少し後悔したこと。

アイスクリンを食べたこと。

めじかの新子を肴に日本酒を飲んだこと。

徳島ラーメンを食べながら「もう帰らなあかんな」と思ったこと。

一見すると仕事とは関係ありません。

でも僕にとっては、全部ひっくるめて今回の仕事だったような気がします。

僕が御所でやっている「不便を楽しむ里」も、たぶん同じです。

効率だけなら、わざわざ畑をやったり、柿を育てたり、養蜂を始めようとしたりする必要なんてありません。

欲しいものは買えばいい。

でも、自分でやってみるから面白い。

知らない場所へ行くから面白い。

人と一緒にやるから、もっと面白い。

レジンテーブルだって同じなのかもしれません。

完成品だけを見るのではなく、木を選んだり、削ったり、失敗したりしながら作る時間そのものを楽しむ。

最近、僕がレジンテーブル制作体験に惹かれている理由も、そこにあるような気がします。

高知までレジンテーブルを届けに行って、杉を見て、城に登って、よく食べて、よく飲んで。

なかなか濃い1泊2日でした。

こういう出張なら、またすぐにでも行きたいですね。

……ただし次は、少しだけ体重計に乗るのが怖いです。

今週は、ほぼ御所で過ごしました。

御所にアトリエを構えてから何度も通っていますが、これまではどうしても「仕事をするために御所へ行く」という感覚が強かったんです。

レジンテーブルを作る。制作体験をする。古民家を直す。畑を触る。

用事が終われば神戸へ帰る。

でも今回は数日間泊まりながら仕事をして、夕方になればお風呂へ行き、お腹が空けば近所のお店へ行く。

そんなことを繰り返しているうちに、少しだけ御所が「仕事に行く場所」から「暮らす場所」に変わってきたような気がしました。

相変わらず不便ですけどね。

 

高知へ納めるレジンテーブルと格闘する

 

今回、御所に籠もっていた一番の理由はレジンテーブルです。

シルバーウィーク明けに高知県へ納品する大きなレジンテーブルの仕上げ作業。

ポプラの瘤杢とブルーのレジンを組み合わせたテーブルなのですが、レジンテーブルは型から外れた瞬間に完成するわけではありません。

むしろ、そこからが長い。

削って、研磨して、確認して、また研磨。

手で触ってみて、光に透かしてみて、気になるところがあればもう一度戻る。

写真で見ると華やかなレジンテーブルですが、作っている時間の大半はかなり地味です。

特に大きな天板になると、同じ姿勢でサンダーを動かし続けるだけでも結構しんどい。

先週ぎっくり腰をやったばかりなので、

「お前、本当にそれやるの?」

と自分の腰に聞きながらの作業です。

それでも少しずつ研磨傷が消え、ポプラの瘤杢がくっきりと現れて、ブルーのレジンに透明感が戻ってくると面白くなってきます。

 

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木とレジンという全然違う素材を、一枚の天板として違和感なく仕上げていく。

何台作っても、この工程は簡単にはなりません。

だから面白いのかもしれません。

 

アトリエに泊まるという生活

 

作業が終われば、そのまま御所の古民家へ。

ここで寝泊まりすることにも、ようやく慣れてきました。

最初の頃は、

「さて、夜どうしよう」

という感じでした。

神戸にいると、少し歩けば何でもあります。

ところが御所では、夜になると本当に静かです。

聞こえるのは虫の声くらい。

 

都会の便利さに慣れていると、この何もなさが最初は少し落ち着かなかったりします。

しかも今年は9月になっても残暑が厳しい。昼間にレジンテーブルを研磨して汗だくになり、古民家へ戻ってもまだ暑い。

 

「田舎の古民家でのんびり」

 

なんて言葉にすると格好いいのですが、実際にはそんなに優雅ではありません。

 

虫もいます。

暑いです。

なんだか臭いです。

 

でも、こういう不便さも何日か過ごしていると、自分なりの過ごし方ができてきます。

僕がここでやろうとしている「不便を楽しむ里」も、快適なリゾートを作りたいわけではありません。

不便だから工夫する。

何もないから自分たちで面白いことを始める。

そういう場所の方が、僕には合っている気がします。

 

仕事終わりに宝湯へ

 

そして今回、ようやく行けたのが御所駅近くの宝湯。

 

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以前からずっと気になっていました。

仕事を終えて、汗と木粉まみれになった身体で銭湯へ行く。

 

これはいいですね。

 

家のお風呂なら、入って身体を洗って終わりです。

でも銭湯だと、なぜか「今日一日が終わった」という感じがします。

しかも建物がいい。

僕は仕事柄なのか、古い建物を見るとついつい細かいところを見てしまいます。

新しくてピカピカのものももちろん快適ですが、昔からそこにあって、何度も手を入れながら使い続けられているものには独特の魅力があります。

 

木も同じです。

 

傷んだから捨てるのではなく、削ったり、直したり、また使ったりする。

僕たちが無垢フローリングの研磨・再生をやっているのも、結局はそういうものが好きだからなのかもしれません。

宝湯から出て夜の御所を歩いていると、

「あぁ、こういう時間もいいな」

と思いました。

 

モリソン万年筆という名前に惹かれて

 

もう一軒、以前から気になっていたのが「モリソン万年筆カフェ&バー」。

 

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名前からして気になります。

古い看板を活かした店内も格好いい。

こういうものを見ると、何でも新しくすればいいわけではないよなぁ、と改めて思います。

 

昔の看板。

古い柱。

少し暗めの照明。

 

それを全部取り払って新品にしてしまったら、この空気は出せません。そこでカレーを食べながら、しばらくのんびり。

御所に来始めた頃は、仕事が終わったらコンビニで何かを買って古民家へ戻ることも多かったのですが、少しずつ行きたい場所が増えてきました。

 

「今日は宝湯へ行こう」

「そのあと、あそこへ寄ろう」

 

そんな自分なりの御所の過ごし方ができてくると、町との距離が急に縮まる気がします。

観光で一度訪れるのとは、また違いますね。

 

彼岸花を見て、ようやく秋を感じる

 

昼間はまだまだ暑いのですが、古民家の周りには彼岸花が咲いていました。

季節というのは面白いもので、人間が「暑すぎる。まだ夏やん」と文句を言っていても、植物はちゃんと次へ進んでいます。

 

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御所にいると、そういう小さな変化に気づくことが増えました。

神戸にいるときの僕は、朝から予定を確認して、車に乗って現場へ行って、戻ってメールを確認して……と、基本的に時間ばかり見ています。

 

御所では天気を見ます。

草の伸び具合を見ます。

畑を見ます。

虫の声を聞きます。

 

別に丁寧な暮らしをしているわけではありません。

昼間は汗だくでサンダーを握っていますし、古民家の中もまだまだ片付いていません。

でも、その雑然とした状態も含めて、少しずつこの場所に自分の時間が積み重なっている感じがします。

 

レジンテーブルを作る場所から、人が集まる場所へ

 

もともと御所のアトリエは、レジンテーブルを作るための場所でした。

 

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ところが今は、それだけではなくなってきました。

制作体験に来てくださった人たちとピザを焼いたり、川へ行ったり。

柿を育てようという話になったり。

養蜂を始めようとしたり。

罠猟に興味を持ったり。

味噌まで作ろうと言い始めたり。

僕自身、どこへ向かっているのかよく分かりません。

でも、それでいいと思っています。

最初から完成形を決めて、その通りに作るのではなく、人が来るたびに何かが増えていく。

誰かが、

「これやってみたい」

と言えば、

「じゃあ、やってみようか」

となる。

そういう場所の方が面白い。

 

レジンテーブル制作体験も、完成したテーブルを持って帰ることだけが価値ではないと思っています。

一緒に木を選んで、レジンを流して、失敗しそうになって、考えて、手を動かす。

その途中に銭湯へ行ったり、近所のお店でご飯を食べたり、季節が良ければ畑や川へ行ったり。

そういう時間まで含めて御所に来てもらえたら、僕がやりたかったことに少し近づく気がします。

 

もう少し涼しくなったら、もっと面白くなる

 

今週は、レジンテーブルをひたすら磨きながら、宝湯へ行き、モリソン万年筆カフェ&バーへ行き、古民家へ戻って眠る。

そんな数日間でした。

特別なことをしたわけではありません。

でも、僕にとっては御所との付き合い方が少し変わった一週間だったように思います。

「仕事をしに行く場所」から、

「仕事もするし、遊びもするし、暮らしもする場所」へ。

まだ残暑が厳しいので、古民家暮らしを心から快適と言えるところまではいきません。

もう少し涼しくなってくれたら最高なんですけどね。

 

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これから秋になれば柿畑も動き出します。

アトリエでも、また新しいレジンテーブルが生まれます。

そしてきっと、誰かがまた変なことを言い出して、新しい「部」が増えるのでしょう。

完成していないから面白い。

便利ではないから工夫する。

そんな御所での時間を、これからもう少し増やしていこうと思います。

来週はどこで何をしているのか。

僕自身、まだよく分かっていません。

先週、ぎっくり腰をやってしまいました。

立てないほどではないのですが、現場で床を研磨したり、重たい材料を運んだりという仕事はさすがに厳しい。

こういうとき、小さな会社は困ります。

僕が一日動けないだけで、止まってしまう仕事が結構あるんです。

大きな会社なら誰かが代わってくれるのでしょうが、僕たちのような規模ではそうはいきません。

だったら、僕が動けなくても動く仕組みを作ればいい。

そんなことを考えながら、この一週間は腰をいたわりつつ、ほとんどパソコンの前にいました。

そして気がつけば、僕の会社には「AI店長」「AI編集長」「AI広報」「AI秘書」、さらには「AI正木」まで誕生していました。

自分で作っておいてなんですが、ちょっと怖くなっています。

 

ぎっくり腰で改めて分かった、小さな会社の弱点

 

小さな会社の強みは、動きが速いことです。

「これ面白そう」

と思ったら、その日のうちに試せます。

会議も稟議書もありません。

一方で、とても脆い。

僕がぎっくり腰になる。

それだけで現場へ行けない。

材料を運べない。

製作が進まない。

僕だけではありません。

一緒に働いてくれている誰か一人が体調を崩しても、予定の組み替えが必要になります。

普段はあまり考えませんが、こういうときに小規模事業者の「人に依存している怖さ」がよく分かります。

だから昔から効率化には興味がありました。

人間がやらなくていい仕事は、なるべく人間がやらない。

その分、人間にしかできない仕事に時間を使う。

以前なら「理想論」で終わっていたことが、AIの登場で急に現実になってきました。

 

まず作ったのが「AI店長」

 

エコロキアでは楽天市場や自社ECなどで商品を販売しています。

 

エコロキア楽天市場店

 

当然、売上だけ見ていてもダメです。

アクセス数はどうなのか。

商品ページまで来ているのに買われていないのか。

そもそも検索から人が来ていないのか。

どの商品が伸びて、どの商品が落ちているのか。

数字を見れば改善すべきところはたくさんあります。

 

問題は、それを毎日人間がチェックするのが面倒なこと。

そこでAIにやらせることにしました。

売上やアクセスなどのデータを読み込ませ、現状を分析して、その日にやるべき改善策を毎朝5個、メールで送ってもらう。

名付けて「AI店長」。

店長なのに、給料もいらない。

休まない。

「今日はちょっと体調が悪いので」というのもない。

僕がぎっくり腰でも、AI店長は普通に働いています。

経営者としてはありがたい。

でも、少し複雑です。

 

AI編集長、AI広報、AI秘書まで作ってみた

 

次に作ったのが「AI編集長」。

エコロキアのサイトには、長年書き続けてきた記事がかなりあります。

でも昔の記事には、今の基準で見ると改善した方がいいものもあります。

そこで過去の記事を、

 

SEO
AIO
専門性
読みやすさ
問い合わせへの導線

 

などの観点から採点。

改善する価値がある記事を選び、必要に応じて内容をリライトしていく仕組みを作りました。

 

AIによるブログ記事最適化ワークフロー

 

さらに「AI広報」。

SNS上から無垢フローリング、ウッドデッキ、レジンテーブルなど、僕たちの仕事と関係する話題を探し、「この人とは会話してみると面白そう」という候補を見つけてもらう。

 

そして「AI秘書」。

今日の僕の予定を伝えると、

 

「この場面を撮影した方がいい」

「Instagramならこの切り口」

「Facebookならこちら」

「今日はこういう服装が合う」

「こういう振る舞いを意識する」

 

というところまで考える。

ここまで来ると、

「社長、何するん?」

という話になってきます。

 

そして「AI正木」を作り始めました

 

さらに面白くなって、自社サイトに「AI正木」まで作り始めました。

 

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僕がこれまで蓄積してきた木材や施工についての知識。

無垢フローリングの選び方。

研磨や再生。

ウッドデッキ。

レジンテーブル。

そういう仕事の話だけではなく、古い車や音楽、御所でやっている「不便を楽しむ里」のことまで。

僕の知識や経験、考え方の一部を持ったAIと、サイトを訪れた方が会話できるようにする。

僕が寝ていても答える。

僕が現場にいても答える。

僕がぎっくり腰でも答える。

もちろん、本物の僕ではありません。

実際の経験から出てくる感覚や、その場で木を見て判断することまで完全に置き換えられるとは思っていません。

でも、「正木ならどう考えるだろう」という入口にはなれる。

これが思っていた以上に面白い。

 

AI正木、誕生。

 

 

PythonもJavaScriptもJSONも分からないのに

 

ここが今回、僕が一番驚いているところです。

僕はプログラマーではありません。

 

Pythonを書けません。

JavaScriptも分かりません。

JSONなんていまだに何のことかよく分かっていませんでした。

 

それでもAIに、

「こういうものを作りたい」

と説明する。

エラーが出たら画面を見せる。

「こうなったけど、次どうする?」

と聞く。

 

言われた通りに試して、また失敗する。

それを繰り返していると、少しずつ動き始める。

気がつけば、以前なら専門業者に依頼していたような仕組みを自分で作っています。

 

これは純粋にワクワクします。

 

50歳を過ぎて、知らなかった世界が突然目の前に開いたような感覚です。

「こんなことまで自分で作れるの?」

と毎日のように驚いています。

でも同時に、ちょっとゾッともします。

 

「AIに仕事を奪われる」の意味が変わってきた

 

よく、

「AIに仕事を奪われる」

と言います。

以前はどこか遠い未来の話に聞こえていました。

でも、自分でAI店長やAI編集長を作ってみると、急に現実味が出てきます。

 

これまでなら、アクセス解析をする人がいた。

SEOを分析する人がいた。

記事を書く人がいた。

SNS運用を提案する人がいた。

Webサイトを作る人がいた。

コンサルタントに相談していた。

 

もちろん、優れた専門家の価値がなくなるとは思いません。

むしろAIが普及するほど、本当に深い経験や独自の判断、さらには結果にコミットできる人の価値は上がるでしょう。

 

ただ、「ツールを使える」「それっぽい文章を書ける」「一般論をまとめて提案できる」というだけで成立していた仕事は、かなり厳しくなると思います。

ホームページ制作も、デザインも、ライティングも、コンサルティングも同じです。

AIを使えば本人がかなりのところまでできてしまう。

これから「AIを知らない人に、AIでもできることを高く売る」という商売が増えるかもしれません。

でも、その情報格差も長くは続かないでしょう。

僕自身が何のプログラミング知識もないまま、たった数日でこれだけ遊べているのですから。

 

それでも、AIに任せたくない仕事がある

 

そんなことを考えていると、逆に「人間がやること」が面白くなってきます。

 

木を削る。

レジンを流す。

古い床を触って状態を判断する。

御所で友人たちと無垢フローリングを貼る。

柿を育てる。

養蜂をやってみる。

味噌を作ってみる。

失敗して笑う。

終わったら一緒にご飯を食べる。

ものすごく非効率です。

 

AI店長から見たら、

「費用対効果が悪いので中止してください」

と言われるかもしれません。

 

でも、たぶん僕はこれから、そちらをもっと大切にすると思います。

AIにできることは徹底的にAIにやってもらう。

 

そして空いた時間で、人と会う。

木を触る。

知らない場所へ行く。

面白そうなことを実際にやってみる。

「不便を楽しむ里」でやろうとしていることも、最初からAI時代を意識して始めたわけではありません。

でも今になって考えると、妙に辻褄が合います。便利さを極限まで追求できる時代だからこそ、わざわざ手を動かす。

時間をかける。

失敗する。

誰かと一緒にやる。

そんな「非効率」に価値が生まれるのかもしれません。

 

ぎっくり腰から始まった一週間

 

結局、今週は腰が痛くて思うように動けなかったからこそ、随分いろいろなものができました。

普通に動けていたら、現場へ行って一日が終わっていたでしょう。

ぎっくり腰になって良かった、とはさすがに言いません。

痛いものは痛いです。

 

でも、動けないなら動けないなりに何かをやる。不便になったら、その中で別の面白さを探す。

考えてみれば、それも僕が普段言っている「不便を楽しむ」に近いのかもしれません。

 

AIには思い切り便利にしてもらう。

その一方で、人間はわざわざ不便なことを楽しむ。

なんだか矛盾しています。

でも僕は、この組み合わせが結構好きです。

 

来週、腰がもう少し良くなったら、また木を触ります。

AI店長たちには、その間もしっかり働いてもらいます。

そして僕は、AIが絶対に「やった気」になれないようなことを、もう少し増やしていこうと思っています。

便利になるほど、不便が面白くなる。

もしかすると、これからのエコロキアはそんな会社になっていくのかもしれません。

レジンテーブルを作る仕事をしています。

 

そう言うと、毎日のように好きな木を選んで、好きな色のレジンを流して、自分の思うままに作品を作っているように思われるかもしれません。

 

でも、ふと考えてみたら、自分自身でデザインしたレジンテーブルをもう2年くらい作っていませんでした。

 

もちろん、レジンテーブルそのものは作っています。

エコロキアではフルオーダーでの制作と、ご自身で作っていただくレジンテーブル製作体験をやっています。製作体験の講師をする傍ら、お客様からフルオーダーでご注文いただいたレジンテーブルを形にしています。

木を選び、サイズを決め、レジンの色を相談し、お客様が思い描いているものを読み取りながら完成へ持っていく。

 

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これはこれで面白い仕事です。

ただ、それは僕にとって「仕事としてのものづくり」。

いつの間にか、何の制約もなく「自分が作ってみたいものを作る」という創作から、ずいぶん遠ざかっていました。

そんな僕を久しぶりにその気にさせたのが、決して美しいとは言い難い、ちょっと変なモミの木でした。

 

フルオーダーは、僕の作品ではありません

 

フルオーダーのレジンテーブルを作るとき、僕が一番大切にしているのは、自分の好みを押しつけないことです。

「この木にはこんな色が似あいますよ」とアドバイスを言うことはあります。

技術的に難しいことや、仕上がったときに問題が出そうなことなら止めることもあります。

 

でも最終的に作るのは、その方が使うテーブルです。

青いレジンがいいのか。

透明がいいのか。

木を主役にするのか、レジンを大胆に見せるのか。

僕の役割は、お客様の頭の中にあるイメージを、木とレジンを使って現実のものにすることだと思っています。

 

だからフルオーダーで完成したテーブルを見て「いいものができた」と思うことはあっても、「僕の作品」という感覚はあまりありません。

 

料理人がお客さんのために料理を作るような感覚に近いのかもしれません。

プロとして求められているものを、きちんと形にする。

それが仕事です。

 

でも、仕事と創作は少し違います。そのことを最近、製作体験に来てくださる皆さんを見ながら思うようになりました。

 

製作体験の皆さんが、ちょっとうらやましい

 

レジンテーブル製作体験では、参加される方自身が主役です。

木を前にして、

「こっち向きかな」

「いや、反対の方が面白いかな」

と悩む。

 

レジンの色を作りながら、

「もう少し青くしようかな」

「これ以上やったら濃すぎるかな」

とまた悩む。

 

正解なんてありません。

だから面白い。

 

僕は横で技術的なアドバイスをしたり、一緒に作業をしたりしていますが、最近、皆さんの表情を見ていて思いました。

「めちゃくちゃ楽しそう!」

と。

 

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仕事なので当然、失敗させないようにこちらは結構真剣です。

レジンは一度流してしまえば簡単には戻せませんし、研磨も工程を間違えると余計な手間が増えます。

 

でも、作っている本人は、

「どうなるんだろう」

という時間そのものを楽しんでいる。

 

完成したものだけではなく、迷ったり、失敗しそうになったり、予想外の模様が出たりすることまで楽しんでいる。

それを見ているうちに、なんだか僕の方がうらやましくなってきました。

僕も昔は、こんな感じで作っていたはずなんです。

 

倉庫の奥に追いやった、変なモミの木

 

そんなときに思い出したのが、少し前に手に入れたモミの木です。

丸太を輪切りにしたものなのですが、これがなかなか変わっています。

 

研磨中の変形モミの木レジンテーブル

 

きれいな円形ではありません。

厚みも均一ではない。

反っている。

割れている。

普通の商品として考えれば、なかなか扱いにくい材料です。

 

でも、初めて見たときに妙に気になりました。きれいな一枚板なら、ある程度完成形を想像できます。でも、このモミは見ても何になるのか分からない。

その「分からなさ」に惹かれてしまいました。

 

気がつけば買っていました。

 

ところが会社へ持ち帰って、

「さて、これで何を作ろう」

と考えたところで現実に戻ります。

 

無垢フローリングを研磨する現場もある。

無垢フローリングやウッドデッキの販売の見積もりもある。

楽天市場やAmazonなどのECサイトも色々しなくちゃ。

ブログも書かなければならない。

そしてフルオーダーの仕事もある。

出張にも行く。

 

結局、

「まぁ、そのうち」

と倉庫の奥へ。

こういう「そのうち」が、一番危ないもので、そのうちは、だいたいやって来ません。

 

2年ぶりに、自分のために作ってみます

 

それでも最近、製作体験の皆さんと一緒に作業をしているうちに、そのモミのことが何度も頭に浮かぶようになりました。

そして先日、ようやく引っ張り出してきました。

 

 

まずは研磨から。

平らでもない。

割れもある。

形も変。

正直、素直な材料ではありません。

 

でも研磨して表面が少しずつ現れてくると、

「これ、やっぱり面白いな」

と思いました。

 

ここから先、実は僕自身も完成形をきっちり決めているわけではありません。

 

どこまで木を残すのか。

レジンをどう組み合わせるのか。

テーブルとしてどう成立させるのか。

考えながら進めます。

 

まぁ仕事なら、そんな悠長なことは言っていられません。

納期もありますし、お客様との約束があります。

でも今回は自分のもの。少しくらい遠回りしてもいい。失敗したら、そのとき考えればいい。

久しぶりに「正解のないものづくり」をやってみようと思っています。

 

作ることを仕事にすると、作る楽しさを忘れることがある

 

好きなことを仕事にできるのは幸せなことだと思います。

でも、好きなことが仕事になった瞬間から、そこには責任が生まれます。

 

納期。

品質。

原価。

お客様の希望。

失敗できないという緊張感。

 

どれも仕事として当然のことです。

だからこそ、ときどき仕事から切り離して同じことをやる時間が必要なのかもしれません。

 

製作体験に来てくださる皆さんを見ていて、それを思い出しました。

 

木を見てワクワクする。

色を混ぜて迷う。

流したレジンを見て、

「おおっ」

と言う。

完成するまで待ち遠しい。

 

本来、ものづくりってそういうものだったはずです。教える側の僕が、皆さんから教えてもらっているような気がします。

 

このモミが何になるのか、僕にもまだ分かりません

 

今回作るものは販売用の在庫を増やすためではありません。

新商品を作るためでもありません。

御所の「不便を楽しむ里」で実際に使おうと思っています。

きれいに整った材料ではなく、反っていて、割れていて、厚みもバラバラなモミ。

 

変形モミの木レジンテーブルの研磨

 

考えてみれば、あの場所にはちょうどいい気がします。

不便な材料を、どうにかして面白いものにする。効率だけ考えれば、もっと作りやすい木を使えばいいんです。でも今回は、それでは面白くありません。

 

2年ぶりの僕自身のレジンテーブル。

 

完成した姿だけではなく、研磨して、考えて、迷って、レジンを流して、失敗するかもしれないところまで、少しずつ残していこうと思います。

普段、製作体験の皆さんに「自由に作ってください」と言っている僕が、久しぶりに自由に作ります。

 

研磨中の奇形モミの木レジンテーブル

 

さて、この妙な形をしたモミの木が、最後にはどんなレジンテーブルになるのか。

今のところ、僕自身が一番楽しみにしています。

 

今年の残暑は、なかなか終わってくれません。

8月も終わろうとしているのに、外に出るとまだ真夏。現場へ向かうだけでも体力を削られるような暑さです。

そんな中、今週も僕の営業車、ルノー4は走っています。

ただ、人間も暑ければ、40年近く前のフランス車だって暑い。

最近は少しカブり気味。

エンジンの調子を気にしながら走っていると、今度は車内のApple CarPlayがおかしくなり、その原因をたどれば接続しているiPhoneが高温でダウン。

画面には、

「高温注意 iPhoneの本体温度が下がるまでお待ちください。」

いやいや。

僕はどうなるんでしょう。

今週は、機械が次々と暑さに音を上げる中、なぜか人間だけが普通に仕事を続けている一週間でした。

 

猛暑の中でもルノー4は働いています

 

僕のルノー4は趣味の車でもありますが、普通に仕事にも使います。

エコロキアの営業車です。

現場調査に行ったり、打ち合わせに行ったり、現場に道具を運んだり、御所のアトリエへ向かったり。

最新の車のように「快適に目的地まで運んでくれる道具」というより、毎回ちょっとこちらが様子を見ながら付き合う車です。

最近は、この暑さのせいなのか少しカブり気味。

信号待ちでは、

「大丈夫か?」

とエンジンの音を聞きながらアクセルを少し意識したりします。

ボンネットを開けてエアクリーナーを外し、キャブレターを覗く。

 

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こういうことをしなくても普通に走ってくれる車の方が、仕事の道具として考えれば圧倒的に正しいでしょう。

でも、不思議なもので僕はこういうのが嫌いではありません。

調子が悪ければ原因を考える。

音を聞く。

匂いを嗅ぐ。

触ってみる。

分からなければ詳しい人に聞く。
それでも分からなければチャッピーに聞く。

 

木も似たところがあります。

無垢フローリングも、何十年経った床を見て「なぜこうなったのか」を考えます。

便利ではないものは、こちらが考えないといけません。

面倒なんですけど、その面倒臭さが面白かったりします。

 

ただし、車内の暑さは笑えない

 

とはいえ、この時期のルノー4はなかなか過酷です。

「不便を楽しむ」と普段から言っていますが、不便にも限度があります。

車内がとにかく暑い。

窓を開けても、入ってくる風がすでに熱い。

信号で止まれば一気に汗が出てきます。

それでも現場には行かなければならないので走るわけですが、今週は僕より先に車内の電子機器が悲鳴を上げました。

後付けしているApple CarPlayの画面がおかしい。

 

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表示が乱れたり、まともに使えなくなったりする。

最初は、

「CarPlay壊れた?」

と思っていました。

ところが、そのうち接続しているiPhoneまで完全にダウン。

画面を見ると、

「高温注意」

の表示です。

 

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スマートフォンにはちゃんと、

「これ以上は危険なので休みます」

という機能が備わっている。

賢い。

一方で運転席を見ると、汗だくのおっさんがそのまま走り続けています。

人間には高温注意の画面が出ません。

 

iPhoneが止まっても、人間は止まらない

 

考えてみれば人間って、ものすごく頑丈ですね。

ルノー4はカブり気味。

CarPlayは熱暴走。

iPhoneは、

「本体温度が下がるまでお待ちください。」

そして僕だけが普通に運転している。

「僕にもその機能を付けてくれへんかな」

と思います。

体温が一定以上になったら、

「高温注意。正木の本体温度が下がるまで仕事をお待ちください。」

と表示されて、強制的に喫茶店に避難するとか。

残念ながらそんな機能はありません。

 

仕事をしていると、ついつい「もうちょっとだけ」と無理をしてしまいます。

特に現場仕事はそうです。

あと少し研磨したらここまで終わる。

あと一回塗ったら区切りがいい。

片付けまで終わらせて帰りたい。

そうやって気がつけば結構無理をしている。

機械の方がよほど自分を守るのが上手なのかもしれません。

 

古いものと付き合うということ

 

それでも僕がルノー4に乗っているのは、最新の車より優れているからではありません。

比較したら負けるところだらけです。

 

速くない。

静かでもない。

快適でもない。

そして暑い。

 

仕事で使うなら、エアコンがガンガン効いて、故障の心配も少なく、燃費が良くて荷物もたくさん積める軽トラの方が合理的です。

でも、合理性だけで選んだものって、案外記憶に残らなかったりします。

古い木も同じです。

傷がある。

色が変わる。

反ることもある。

メンテナンスも必要です。

それでも30年、50年と使われた無垢フローリングを研磨していると、新品にはない格好良さを感じることがあります。

傷んだから捨てるのではなく、手を入れてもう一度使う。

 

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木陰に停めてルノー4のボンネットを開けながら、

「まだまだ頑張ってくれよ」

と思う感覚と、古い無垢フローリングを削っているときの感覚は、案外近いのかもしれません。

 

不便を楽しむ。でも無理はしない

 

僕は「不便を楽しむ」という言葉が好きです。

御所でやっていることも、まさにそれです。

自分たちで床を貼ったり、畑をやったり、柿を育てようとしたり、養蜂や味噌づくりの話をしたり。

 

赤のルノー4と「不便を楽しむ」プロジェクト

 

お金を払って完成品を買った方が早いことを、わざわざ自分たちでやっています。

ルノー4も同じ。

手間がかかるからこそ、愛着が湧く。

ただ、不便を楽しむことと無理をすることは違います。

今年の暑さは、本当に洒落になりません。

 

iPhoneが「もう無理」と判断して止まったのなら、人間も少し見習った方がいい。

 

水分を取る。

休憩する。

日陰に入る。

そしてルノー4にも少し休んでもらう。

 

長く付き合うためには、人も車も木も、無理をさせ過ぎないことが大切なのでしょう。

 

来週もたぶん、ルノー4で走っています

 

仕事柄、僕は毎日のように木の状態を見ています。

 

削ればまだ使えるのか。

塗り直せば蘇るのか。

それとも交換した方がいいのか。

何でも新品にすればいいとは思いません。

 

だからなのか、車についても似たような見方をしてしまいます。

少しくらい調子が悪くても、

「原因を見つけて直せばいいやん」

と思ってしまう。

手がかかりますけどね。

今週もそんなルノー4に乗って、あちこち走りました。

 

エンジンは少しカブり気味。

CarPlayは熱暴走。

iPhoneは高温で戦線離脱。

そして運転している僕だけが汗をかきながら稼働中。

人間って、本当に丈夫です。

でも来週は、iPhoneに「高温注意」が出る前に僕の方から少し休もうと思います。

たぶん。

……そして涼しくなった頃には、この暑さもルノー4との笑い話になっているのでしょうね。