人間のニッチはなんだろう
生物のニッチを考えていると
どうしても「では人間は?」という疑問にたどり着く
面白い話を聞いた
「塵」や「埃」というのは元々は単位を表す言葉だった
「塵」は10億分の1
「埃」は100億分の1
そして
「坪」というのは人間が1日に食べる米を収穫できる単位
「反」は300坪
つまりは人間1人1年分のお米を収穫できる広さを示す
現在のお米の収量は1反で500キロ前後
最近の人は1年に1俵(60kg)程度しか食べないそうで
昭和37年の118kgの約半分だ
昔はお米をたくさん食べていたそうだが
200kgも食べていなかっただろう(勝手な憶測です)
そう考えると昔と比べるとお米の収量が
2、3倍は増えているのだろう
そこで話をニッチに戻すが
エネルギー源や住居用の森林のことも考えなくてはいけないが
とりあえず食べ物だけで考えるなら
人間のニッチはかつては1反だったが、
今ではお米の品種改良のおかげで3分の1位※狭くても大丈夫なのかもしれない
今度、森林、水源についても考えてみたい
※お米の量だけだと1反で8人分あるので8分の1と言いたいところだが、
昔のようにお米を主に食べたとしたら…1人150kg
有機でお米を作ったとしたら…1反450kgの収量
と仮定しました
生物のニッチを考えていると
どうしても「では人間は?」という疑問にたどり着く
面白い話を聞いた
「塵」や「埃」というのは元々は単位を表す言葉だった
「塵」は10億分の1
「埃」は100億分の1
そして
「坪」というのは人間が1日に食べる米を収穫できる単位
「反」は300坪
つまりは人間1人1年分のお米を収穫できる広さを示す
現在のお米の収量は1反で500キロ前後
最近の人は1年に1俵(60kg)程度しか食べないそうで
昭和37年の118kgの約半分だ
昔はお米をたくさん食べていたそうだが
200kgも食べていなかっただろう(勝手な憶測です)
そう考えると昔と比べるとお米の収量が
2、3倍は増えているのだろう
そこで話をニッチに戻すが
エネルギー源や住居用の森林のことも考えなくてはいけないが
とりあえず食べ物だけで考えるなら
人間のニッチはかつては1反だったが、
今ではお米の品種改良のおかげで3分の1位※狭くても大丈夫なのかもしれない
今度、森林、水源についても考えてみたい
※お米の量だけだと1反で8人分あるので8分の1と言いたいところだが、
昔のようにお米を主に食べたとしたら…1人150kg
有機でお米を作ったとしたら…1反450kgの収量
と仮定しました