【 御礼 】
先日死去しました父、池上邦俊の通夜、告別式に際しましては多くの方に御弔意賜り、誠にありがとうございました。
皆様に送り出して頂き、我々親族一同感謝の言葉しかございません。
入院している事をあまり知らせたがらなかった父でしたので、入院の事実そしてこの度の事に関して、全く知らないという方もいらっしゃるかと思い、私の個人的なブログからですが発信をさせて頂こうとペンを取りました。
昨年の6月に九州医療センターにて心臓の大動脈瘤の手術を受け、その手術が原因で脳梗塞と脊髄梗塞を患い、結果として下半身不随という状態になりました。
しかし持ち前の気力と体力でリハビリが出来る状態まで回復し、城南区の長尾病院に転院し、毎日辛いリハビリに励み少しずつ回復していると思っておりましたが、食欲もあまりなく体力は下がり敗血症ショックという状態で九州医療センターに救急搬送され、死ぬか生きるかの状態を繰り返し、1ヶ月前の3月末には再度リハビリ病院に転院出来、今からという1ヶ月後の4月27日に容体が急変し、14時39分に逝ってしまいました。
父が会社をしている37年間の間、平成6年に私が入社をして以来は、父であり上司でもあるという生活の為、もちろん敬語で接しましたし、なかなか親子という関係にはなれませんでした。
平成21年に会社が倒産してから、初めて親子に戻れたような気がします。
父もビジネスマンとして、経営者として、もう一度大きな仕事がしたいという思いで頑張っていたと思います。
病気を患う直前まで博多学園様の博多高等学校にて顧問という立場で、今後の博多学園様のさらなる展望に向けて少しでもお役に立てるようにと人生最後の仕事と一生懸命取り組んでいたと思います。
そのようなチャンスを与えて頂いた博多学園 八尋理事長様には本当にお礼、感謝の言葉しかございません!
本当にありがとうございました。
父が立ち上げから関わらせて頂いている『つくしヤングラガーズ』は父の人生の一部だったのだろうと思います。
つくしの卒業生からお通夜の際に、父がいなかったら今の僕はないというようなありがたい言葉を数人から頂きました。
青年会議所で副理事長という立場で関わりを持たせて頂いた事、青年会議所を卒業してからの中小企業経営者協会様で副会長という立場で取り組ませて頂いた事。
ロータリーやライオンズに登録をさせて頂いていた事もあったと思います。
私は会社で役員をしていた立場上、多くの経営者の皆様と社外にて活動を共にするのであれば、仕事に繋がらないのか?と常に思っていましたが、父の関係から仕事の話になった事は一度もありませんでしたし、中小企業経営者協会のある方から、池上副会長とは長い付き合いばってん、そもそも何の仕事ばしよんしゃ~と?と聞かれた時は参りました。
父は逝ってしまいましたが、ここ数日何度も思い返せば、父にとっては会社を経営するも、つくしヤングラガーズでちびっこに指導をするも、青年会議所で様々な活動をするも、中小企業経営者協会で様々な活動をするも、父の生き方の全ては『教育』とか『育成』という言葉に集約されるのではないかと感じてます。
強いリーダーを育成するために自身も成長をする!
そういう事だったのではなかろうかと長男の立場として少しわかって来たような気がします。
小さい頃から言われていた言葉を思い出しました。
慎太郎はオヤジに抱っこばしてもらった事があるとぜ!
自慢げに話していました^_^
オヤジというのは当時の明治大学ラグビー部の名監督、北島忠治さんの事です。
『前へ』
という言葉を忘れないくらい教えてもらった記憶があります。
北島先生に感謝致します。
父の死が、僕の人生のスタートのような気がしてなりません。
『前へ』
そして、偉大なオヤジへ!
今まで本当にありがとう!
改めて、父の入院中にお見舞いを頂いた皆様、励ましのお言葉を頂いた皆様に感謝申し上げます。
そして通夜、告別式の際の不手際、非礼がありました事どうぞご容赦下さい。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%B3%B6%E5%BF%A0%E6%B2%BBhttp://m.youtube.com/watch?v=4sRPJcmizV0&autoplay=1





