桜マカロン猫 in ロンドン -2ページ目

桜マカロン猫 in ロンドン

LONDON(在住)、FRANCE(夫の母国)、TOKYO(昔の住処)、USA(心の故郷)、それぞれのいいところを発見して感謝する前向きな独りごとヾ(o´∀`o)ノどの国にいても幸せは自分の心次第+゚。*(*´∀`*)*。゚+オーガニック、エコ、ネコ好きにゃー

先日、デイビッドが私にOutlookの使い方の質問をしてくれた。

赤いTodayフラグを立てて、それをすぐにInbox内で目立つように件名を赤くさせたいらしい。

明日になれば赤くなるんだけど、今赤くさせたいんだよね、うーん。

と考えた。

アカウントチームには、マイクロソフトを駆使している友達が多いので、デイヴィッドのために聞きに行った。

そして、カスタマイズで、過去の日付にすれば、もうdoneという意味で件名が赤く
なると教えてもらい、私も勉強になった。


デイビッドに伝えに行って、教えてくれたアカウントのソフィーに2人で感謝して笑って、希望通りに赤くできたデイビッドは嬉しそうで、よかった。

ありがとう。
今日のオフィスカフェのベジタリアンランチ

タジン、キャロット、ローストポテト


美味しいのでシェリに半分持ち帰り。

ランチ時間は、リサと少し歩き、ボブといつもものウォーキングコースを歩き、マイキーとあい、そしてリスを眺めて、太陽にあたり、いいリフレッシュでした。

ありがとう。
今日は、オフィスで、日本語でおもしろい会話になりました。

「NE7」という船/仕事の話をしていた際、ネーミングがなんだか歌に出てきそうだというネタになりました。覚えやすいor/and一度聞いたら忘れないような名前。

歌に出てきそうといえば、私は「エロティカセブン」というサザンオールスターズの歌を思い出しました。

そこから、その歌がサザンの歌の中で一番大人向けPGなのかと、質問が浮上しました。

私は、「マンピーの法則」ではないでしょうか。

と自分の考えを話しました。

あれ?曲名のなにかが違うと、必死にみんな(3人)で考え、少しして、1人が、

「マンピーのGスポット」だと、突き止めました。

どうして私がマンピーの法則と間違えたかは、自分では気づきませんでした。

しかし、気づかせていただきました。

「マーフィーの法則」
とかぶったってこと?

と、そこで大笑い。

涙がでるほど笑いました。

この話、日本語を話さない同僚、友達に伝えたいです。

シェリには話します。





ドイツ人の仲良しの同僚バーバラがドイツに帰省していて、今日約2週間ぶりに戻ってきました。

嬉しいいいーーー
大好きバーバラーーーー

驚くほど感激したドイツからのお土産は、シナモンのジャーマンペイストリー。

ハイケンなどにあるドイツ系クイックサービスのcampsに一緒に行った際、私がドイツのパンやペイストリー美味しいと言っていたのを覚えているから。

土曜日に買って、日曜日にロンドン戻り、冷凍してくれたとのこと。

嬉しすぎるので、その優しさに飛び跳ねてお礼を言いました。


3.11のことも覚えていてくれて、ところで、何が改めて悲しいかって、冷静に避難したのに避難場所が津波に飲まれて犠牲になったことだと、感じたよーと話したら、

涙ぐんでいました。

日本で起きたことだけど、日本人と話してもこんなに風に津波の話で共感出来る人に簡単に巡り会えるか分かりません。

やはり、人間としてつながるので、愛、友情に国境はないことを再確信しました。

これからも私のモットーはボーダレスだと改めて誓いました。年、国籍、性別、職業すべて平等です。

ありがとう。

https://youtu.be/WWlA65Z6FZM
東日本大震災 地震発生~津波襲来後まで(まとめ) 1

噂供養という供養の仕方もあるので、毎年3月には、東日本大震災のこと、じっくり振り返り、思い出し、語りたいと考えます。

もし自分が被災者だったらと、想像だけでもしてみると、年月がたってからも、誰かが思い出してくれたら嬉しい気がします。

また、例えば、ずっとずっと遠い未来に津波がきたとしたら、東日本大震災で多くの尊い命が奪われたのだから、そこから得た教訓により未来の人達が救われないと悲しいので、忘れずにいてほしいと犠牲者は思っているはず。

だから、悲しいけれど、3.11の津波の動画をいくつもいくつも見ました。涙がたくさん出て、でも追悼になると信じて。貼り付けた動画はそのうちのひとつ。

4年経って、今思うこと。

改めて何が一番悲しいかというと、避難したのに、津波の規模が想定外で、避難していながら、冷静に行動していながら避難場所までもが津波に飲み込まれたため犠牲になった人ばかりということ。

津波のことをしっかり教育されていて、子供でさえ、避難用の地図を小さい頃から見せられていて、ある町では、一週間前に津波の避難訓練をしたばかりで、多くの市民が訓練通り避難したのにその場所が浸水して犠牲になった。

ある地域では、津波は到達しないはずの安全区域と指定され、地震がきても、家に待機していればいいはずなのに、その家ごと流され犠牲になった。

ある町では、町の中で1番高い建物2つだけを除いて全て津波に飲まれ、指定された避難場所が完全に水に浸かり、住民の殆どが犠牲になった。

ある場所には津波が地震発生からわずか、20分で到達。

また、車で高台まで逃げる際に大地震の影響で道路が遮断され液状化になり、避難が妨げられたりもした。

犠牲者はなんの落ち度もなく、冷静に行動しても、助かりたいために避難場所へ行っても、それでも犠牲になってしまったこと。

これが、想定外と言われる理由だと、4年経った今なお、改めて心が痛む事実だと感じました。

多くの人に助かってほしい思いから、津波の動画を見ると、どうして早く逃げられなかったのかと、単純に疑問に思う人が世界中にいると思います。

その疑問への答えは、

海のことを誰よりも理解した人達が、冷静に行動していたのに、想定外の規模だったため、犠牲になった。

ということが、分かります。そのことが、何より悲しいです。

ある町の被災した若者は、石碑をたてて、未来にメッセージを残したようです。

その石碑には、

ここにも津波がきました。もっと高い所へ逃げてください。

家に戻ろうとしている人がいたら絶対に引き止めてください。

など他にもいくつもの教訓が刻まれています。

いいアイデアだと感動しました。

この教訓が生きるよう、犠牲者の方々が安らかに眠るよう、これからもしっかり語り継いで、思い出して、追悼。

未来の命が救われますように。それが犠牲者、被災者の思いだと感じる4年目でした。






アンドリューのリービングドリンクス
金曜ランチに引き続き金曜日の夜

たくさんの人が来ました。写真は最後のほうまでいた一部だけで、たくさんの人から愛されていたアンドリューのために何十人も来ました。

大笑いして楽しい時間でした。

アンドリューと一緒に同じ電車で帰ったので、パブでバイバイではなく、電車でお別れの時、なんだかリアルで辛かったですが、友達なのだからいつでも会えると明るくとらえました。

ありがとう。







仲良しだったアンドリューのリービングドリンクス

午後の仕事を考えて飲まないつもりでしたが、一杯だけ飲みました。

それでも午後はなんとか大丈夫だったので嬉しいです。

よく、イギリス人の同僚に、3パイントも飲んで午後に仕事ができるのを尊敬してる、なんて話します。

イギリスのパブ文化が大好きなので、お酒に弱い方の私までランチに同僚とパブに行くのが楽しみです。

チキンアボカドラップを買い、デスクでランチを食べました。パブに1時間いるために。

ありがとう。
今日のランチは、ヘレンとサンドイッチ屋さんのスープ。

ジョヴァンニはいつものように明るく。

今日は、定時の後、たくさんの人と話せて嬉しかったです。

アンドリューとはハローキティの話と私はボーダレスに生きている宣言、クレアと今度PUBに行く話、マイク&デイビットとたわいもないけど長い立ち話に大笑い、グループ会社のイリアスとギリシャ、パブの話、最後に大好きなもう一人のクレアと話して、帰りが遅くなりましたが、充実した就業後のひとときでした。

就業後はこうやって過ごすと帰りの電車の中で笑顔になります。

P.S. チェルシー残念。パリおめでとう。

ありがとう。
3月11日

東北・東日本大震災から4年。

ちょっと忙しかったので、メモしたドキュメントやスクリーンショットを、定時の後に整理しようと思ったら、フィルが話しかけに私のデスクに立ち寄ってくれた。

会社の人が大好きで、いつも皆と話したい私は、誰かに話しかけてもらうときほど嬉しいことはなく、整理は後回しで、話に夢中になった。

今日は、ヘレン、マイキーも帰り際に立ち寄ってくれたので、嬉しくて10分ずつは話したので、整理はできていないままだけど、フィルとの話に夢中になった。

フィルは、最近からパートタイムで会社の後、大学に通っている。

船会社に長くいて、CISのメンバーでもあるフィルが、第二の人生のために今度は地理学を学んでいる。その深い理由は知らなかった。

奇遇なのか、この3月11日にそれを知ることになった。

地理学を学んでいる理由は、地震が絡んでいた。プレートの研究をし、地震の予言を少しでも可能にさせ、津波などの被害を減らすことに貢献できたらと望むからだそうだ。

それを聞いた私は、興奮して、

今日は何が起こった日か知ってる?

と、あの巨大地震から4年だと伝えた。

まだまだ助けが必要なことも。募金活動もまだまだ行われていることも。

彼の記憶には、スマトラ沖地震の記憶も非常に強いようだった。プレートの動きがあまりに凄まじかったからとのこと。

なんだか、3月11日だから、この会話になったに違いないと感じた。

30分くらい話し、もう整理は諦めた。

フィル、地理学者になって、将来の犠牲者を減らしてくれるかな。

犠牲者の中には、愛があって、他人を助けるために、津波にのまれてしまった人、たくさんいるんだろうな。色々なドラマがあるんだろうな。

追悼のいをひょうします。











東北東日本大震災から4年。
黙祷。