老いていくのが怖いのは、誰だってそうだと思う
受け入れられないのも、誰だってそうだと思う


白髪のある自分が好き。シワのある自分が好き。という人を見かける。けど、なぜわざわざそんなことを言うのかと言うと、老いが怖いからじゃないかな、と私は思う。

だって本当にそんなのが好きなんだったら、わざわざそんなことを声を大にして、SNSで言ったりしない。

人の心と言葉は裏腹であるとよく思う。言葉とは欺くためにあると思う。欺くと言うのは語弊があるけど、心模様をそのまま言葉にすることは難しいことだし、少なくともズレが生じる。

それもそうだし、人というのは自信がないと自信があるふりをするし、自信があると自信がないふりをする。満たされていないと満たされているふりをするし、満たされていると満たされていないふりをする。

随分、斜に構えた物の見方をしてしまっている気がするが。

人というのはーーと言い切る私もまた、危険だなあとは思う。




話はだいぶそれたけど、私も老いを怖がる凡庸な女のうちの一人である。

老いの怖さはよく語られている通りになってしまうが、肉体的なこと、若い頃に比べて体力が無くなったとか病気がちになったとか、それももちろん辛いんだけど、私は未来のことを考えるのが辛くなった。


どんどん見た目が老いていく。若いね、で済まされたことが許されなくなる。

男の人が怖くなる。

男性というのは若い女しか、女を女と認めていない。

歳をとると女ではなくなってしまうのだ。

ばばあ、と暴言を簡単に吐く。

みんながそうではないのかもしれないが、私が出会ってきた男性はみんなそうだ。

そういう暴言を吐かれる存在になるということ。

それが怖いと感じてしまう。

居場所が奪われてしまうのではないかと感じる。

発言すら許されない存在になる。

そういうことに感じてしまう。

きっと、みんながそう感じるわけではないと思う。

きっと能力のある女性はーーそんなことになる前に、女以外の何か付加価値をつけて、素敵な年齢の重ね方をする。

けど、若い女。ということ以外、なにもなかった無能な女はーー
ばばあになると居場所が無くなるのだと思う。

私にできることは、ただ黙って、居ないふりをすることしかないのだろうか。

それが悪循環であることはわかっている。

本当は何か能力をつけなければいけない。
でも、今更それをすることができない。

若い女にあぐらをかきつづけていたからだ。



ただ、そこまで他人は私に興味がないことだけは救いだ。

ばばあ!と一瞬罵倒されても、それだけだ。

まあ、とりあえず私はどうやって今後生きるのかというと、若い女であったときに築いた財産を食い潰していくことしかない。