つづき、、、
例えば、一日の列車本数を1本にしてスタッフを1万人雇う。
さらに各駅に停車するたびに車両点検する。
この上ない努力だ。そうすれば、おそらく安全性は100%保証されているといえるだろう。
しかし、この様な路線を誰が利用するだろうか。誰が経営できるだろうか。
確かに、この例は極端化もしれないが、「100%の安全への努力」を忠実に努力したとすれば、
このようなことである。
もちろん、キャスターがここまでのことをいってないことは理解できる。
なるほど、なぜこの言葉が、心のこもってないように聞こえたのか、
その理由はここにありそうだ。
つまり、キャスターは自分の想像しているもの(=自分の発言おける責任)と
その言葉のニュアンスがかけ離れていたためなのだ。
ちょっとしたことかもしれないが、私はこういってほしかった。。
「今よりあと1%の安全性を確保するための努力を常に惜しまないでほしい。」
と、、、、
ちなにみこの考えは、公認会計士監査の保証水準を勉強しているときに思いつきました。
論理的にはおなじだと思います。ご意見ご感想お待ちしてま~す。
bis Morgen
