なんだろう…

人生相談で、相談者の置かれている状況が書かれていた。

あ〜そういうこと、あるよな〜と思って読んでいた。

相談を受けて回答者(回答者という言い方はちょっと違うと思いますが、あえて)は

それは貴方にも問題があるのでは?片方だけに原因があるということは無いでしょう、と書いてあった。

なんだか、えっ?っていう感じがした。

たぶん相談者は散々、自分の何がいけなかったのか、何か自分では気が付かずに失礼なことを言ったのか?と自問自答した末、第三者に…やつとの思いで、どのように見えますか?客観的に見てどう考えますか?と聞いたのだろう。

近所の友人知人に愚痴ったのと訳が違うと思うのだ。

なのに、、貴方にも何か問題があったのではないですか?いざこざは両方に原因があるのですよ、と切り捨てた。

読んでいて、なんとまあ!と呆れた。
誤解をされて悩んだことがないのだろうか?悲しんだことがないのだろうか。

…つまらない独り言である。
私は実はクリスチャンである。

聖書では誤解を受けて苦しいとき、どんな御言葉があるのだろう、と思った。

が、次の瞬間こう思った。
イエス・キリストこそ、誤解をどれほど受けられているか!

ということ。

イエス・キリストの十字架の意義、発せられた言葉のイエス・キリストの思い。

ほとんどの人が、知ろうとしない。または、勝手な解釈をされる。

その苦しみ悲しみを味わい尽くされているのだ。

私はイエス・キリストは今も生きていて、働かれていると信じています。
ならば、人間間のちょっとした誤解や思い煩いを同情されるお方と信じています。
まだまだ、頑張れそうです✨